もう20年以上前になる。上京して、しばらくしてからと記憶する。初めて実物を見た時は「これか」と感動したものだ。浜松町駅山手線外回りホームの南端に立つ、身長43センチの小便小僧。毎月26日、港区の手芸グループ「あじさい」のメンバーが手作りの衣装を着せ替えている。

14年6月にオリックス吉田一のユニホームを着た小便小僧(オリックスバファローズ公式ホームページより)
14年6月にオリックス吉田一のユニホームを着た小便小僧(オリックスバファローズ公式ホームページより)

五輪イヤーには羽生結弦のようなフィギュア選手。W杯があった昨年はラグビー日本代表にもなった。今年2月はJR東日本のスタンプラリーにあわせ、ガンダムの「シャア」ときた。梅雨の今月はレインコートに長靴姿。黄色のマスクも着けている。

「あじさい」による着せ替えは1986年(昭61)11月に始まった。約400の衣装を着てきた計算になるが、過去、野球のユニホームは何回あるのだろう? 野球記者としては気になる。初回から携わってきた「あじさい」の後藤和子会長が「3回あります」と教えてくれた。

直近は6年前の6月。ルーキーだったオリックス吉田一に変身した。ドラ1右腕はJR東日本出身。当時の浜松町駅長が野球部OBで、4月にプロ初勝利を挙げた後輩のさらなる活躍を期待し、提案した。後藤さんは「プロ野球ファンは大勢いますから。野球に興味がある人たちは喜んでもらえたのでは」と振り返る。

あとの2回は野球少年だった。10年近く前。いずれも、同じ港区で活動する学童野球・白金台ヤンキースの男の子に変身した。後藤さんの孫がプレーしていた縁で実現。当時のメンバーたちは小便小僧と記念撮影した。「みんな喜んでましたねえ。その孫も、もう大学生ですよ」と優しい声で懐かしんだ。

きっかけは芝消防署の依頼だ。秋の火災予防運動をPRすべく、消防士の衣装を頼まれた。それが、86年11月。以来、春の3月、秋の11月は消防士が定番となっている。救急隊員や江戸の町火消しにもなった。全て持ち出しのボランティア。「ホームは人が多いですから。通勤で殺伐した気持ちになる人もいるかも知れません。見た人が少しでもホッとしていただけたら」と思いを込めて作る。

実は、年間スケジュールが、だいたい決まっているそうだ。1月羽織はかま、2月JRスタンプラリーのキャラクター、3月消防士、4月新1年生、5月こどもの日、6月レインコート、7月ひまわり、8月海水浴、9月お祭り、10月ハロウィーン、11月消防士、12月サンタクロース。これをベースに、世相を表す姿になることも。こう聞くと、3回だけの野球選手は貴重に思えてくる。

そこで、提案です。次の8月は高校球児でどうですか? 甲子園中止で、当たり前の風物詩が消える夏。山手線を通学で使う球児もいるだろう。来年は球音が聞けますように、との願いを込めて。【古川真弥】