昨季まで巨人の投手コーチを務めた小谷正勝氏(75)が哲学を語る不定期連載。

  ◇   ◇   ◇  

巨人の菅野が投球フォームを変えたと話題になっている。ヤクルトのドラフト1位奥川も、高校時代のフォームを変えて2段モーションを取り入れている。大きな変更をいとわない姿が、ただただ印象に残った。

少年時代から投げてきた形がいいからスカウトの目に留まり、ドラフト会議で指名される。このいきさつを考えると、投手にとって命といえるフォームを変えることは、相当な勇気がいる。

考えを記そう。何か問題があるから変える…コーチの助言が入ることもあろうが、自分の意思やひらめきが原点にあって、初めて決断に至ること。変えるからには、必ず前よりもいい結果が出ること。この2点は強調しておきたい。経験上、変えた当初の7~10回の投球では、うまく投げられると感じる。しかしほとんどが錯覚で、元の方が良かったとなる。そこで終わらず、いかにしつこく追求できるか。一流とその他の分岐点になる。

秋のキャンプから試行錯誤が始まって、春のブルペンである程度固め、打撃投手にシート打撃、紅白戦、オープン戦と駒を進める。一連の動作でつまずかなければ公式戦に臨める。これでも最短コースで、定着するまでに1年以上かかるケースはざらにある。投球とは、それほど繊細な動作であることを忘れてはいけない。

奥川のような入団3年目以内、あるいは未勝利の投手は、まずは自分がどのような投手になりたいか、そのために何をするべきかを、よくよく考えたい。結局は「思うように投げられるようになる」に帰結するが、しっかりと手の届くところに目標を置く。投げられない原因を究明する中で、変更すべき点が定まっていくだろう。

菅野のように15勝以上勝つ投手は、運に左右されない本当の力をすでに備えている。こんな人がフォームに手をつけるのは、他には言えない故障が多いか、向上心が極めて旺盛かの、どちらかしか考えられない。研究が進歩している現代野球では、従来の攻め方に新しい何かをプラスしなくては、2桁勝利を続けられない。配球、新球、考え方のどれかにプラスを求める場合がほとんどだが、大きなフォーム変更に求めるとは相当な勇気だ。

有田焼の陶芸家で、人間国宝の第14代酒井田柿右衛門(故人)は「伝統工芸の職人は不器用な方がいい」との言葉を残した。自分の中で強く響き、コーチ業でも意識してきた。

器用な職人は、自分の考えが伝統工芸の中に入っていく。新しい考えや技術が入っていくと、徐々に伝統が崩れていく。そう解釈している。備えるべき職人気質を説く一方で、弟子には「遊び心を忘れるな」と話していた点も見逃せない。海外に出品したり、電車のデザインを受け持ったりと、新たな挑戦も欠かさなかったという。

職人、料理人、投手。伝統を継承しつつ、チャレンジを忘れずに発展させていく点が似ている。卒業がない以上、高度になればなるほど難しい。それが仕事というものだ。(つづく)

◆小谷正勝(こたに・ただかつ)1945年(昭20)兵庫・明石市生まれ。国学院大から67年ドラフト1位で大洋入団。通算10年で24勝27敗。79年からコーチ業に専念。11年まで在京セ・リーグ3球団で投手コーチを務め、13年からロッテで指導。17年から昨季まで、再び巨人で投手コーチ。