5年ぶり3度目のセンバツ出場を決めた山梨学院(山梨)。吉報が届いた記念すべき日に、同校の砂田野球場で最も輝いたのは吉田洸二監督(49)でも、相沢利俊主将(2年)でもなかった。ラッパー球児の椙浦(すぎうら)元貴内野手(2年)がハツラツと、瞬発力を爆発させた。

椙浦と、山梨のデスパイネこと主砲の野村健太外野手(2年)がラップでチームを盛り上げた。それは、野球部ではみんなが知っている。野村は「他のやつらもやってるし、ブームになってます」と言い、チームのリラックス方法のひとつとして、ロッカーでのラップは日常になりつつある。

しかし、センバツへの出場が決まった直後では、さすがに球児にとっては緊張の場面かと思っていた。それでも椙浦は数秒で甲子園をテーマに、野村と歌詞を確認し、円陣の中央に立った。報道陣、山梨学院の先生方、保護者、40~50人は見ている中で、まるで動じない。

♪イエ~イ

♪行くぜ選抜コウシエン(甲子園)

♪だけどそこは超キケン(危険)

♪だけど俺たちはドウジネエ(動じねえ)

♪イエ~イ

本当に楽しそうだった。中央で歌う2人を囲んで、チームメートも笑顔、笑顔だ。椙浦は「いつも、歌詞は考えてますから。頭韻(とういん)、脚韻(きゃくいん)を考えて、すぐに歌詞はできました。問題ないです」と言った。ニコニコッと笑う。ラップにもそんな専門用語があることに驚くと「やっぱり基本はありますよ。でも、慣れれば自然と言葉は出てきます」。言い方にもとげがなく、ラッパー球児は、底抜けに感じがいい。

「ところで、お兄さんがラップをしてるんでしょ?」と、野球とはまったくもって無縁のボール球を投げたが、またしても神対応で答えてくれた。

椙浦 20歳で、今は埼玉にいます。高校時代は山梨学院で、ここですね、野球やってました。光と言います。

「お兄さんは、甲子園は出たの?」と、もう完全に椙浦の術中にはまったかのように、ド直球の質問をしてしまった。

椙浦 はい、代打で1打席立ってます。見逃しの三振でした。1回戦の長崎商戦(2016年8月9日)の終盤だったと思います。試合は5対3で勝ちました。初球、いいボールが来たんですけど、兄は『見逃したんだ』って言ってました。

もはや、この流れになると、ラッパー椙浦への質問を止めることはできない。ラップのようなリズムで見え見えの質問が続く。「どういうこと?」

椙浦 兄は『初球を見逃したのは、甲子園を感じたかったからだ』って言ってました。打ったら1球で終わっちゃう。見逃して、甲子園の打席を胸に刻んだんだと思います。

なんだか、すっかりいい話になってきた。「それを聞いてどう思った?」

椙浦 僕もこれから必死に練習して、センバツで試合に出たいですね。そして、打席に立てたら僕も甲子園を感じたいです。

ってことは、初球は見逃すのか。「初球見逃してストライク先行されたら、追い込まれるまでにチャンスはあと1球だね?」。今度は野球の話に急展開。

椙浦 そうですね。どうしよう(笑い)。(2ストライクで)追い込まれたら、甲子園を感じてる場合じゃなくなりますね。でも、まずは打席に立てるように、一生懸命やらないと。ちゃんとベンチ入りして、しっかりチームのために貢献できるようにやりたいです。

センバツ出場の朗報に沸き立つグラウンド。喜々とする選手の話を聞いた。同時に、ベンチ入り18人の競争は並行して続いている現実もある。ラッパー椙浦のセンバツはどうなるのか。ラップならではのノリの良さなのか、椙浦君の人柄なのか、幾度か経験した球児の取材とはまったく異質の、独特のさわやかな空気に浸っていた。【井上真】