<高校野球茨城大会:常総学院7-0大子清流>◇16日◇2回戦◇水戸市民

 常総学院の前監督、木内幸男氏(81)の「木内節」がさく裂した。昨夏の大会後に勇退。後任を教え子である佐々木力監督(46)に託していた。この日の初戦は、大子清流を7-0、8回コールドで下した。ただ名将の目には、このままでは甲子園では勝てないと映ったようだ。チームの今後を考え、あえて苦言を呈した。勇退しても「木内マジック」は健在?

 

 木内氏は猛暑の中、生徒と一緒にスタンド観戦した。「年寄りが口出ししたら悪いから」と話したが、試合後は選手に直接指導。さらに佐々木監督に1つだけ苦言を呈した。

 「5-0の楽な展開になって交代しても意味がない。伊藤を頭でいかなきゃ」。5-0になった8回から登板したエース伊藤侃嗣(かんじ=3年)の起用法についてだった。まだゲームの状況が見えない場面で投げてこそエースということだ。実際、大会前の練習試合などでは強豪校相手には伊藤が先発してきた。伊藤本人は「先を考えて、準々決勝以降にピークを持って行く」ということで、まだ調整段階。だが、木内氏には「苦しい試合を経験してこそ成長して強くなる」という考えがある。

 監督時代は序盤に大量点を奪うと、あえて経験のない選手を起用。わざと苦戦するような采配もあった。大会中、1試合ずつ強くなって、決勝で一番の力を発揮するのが「木内マジック」というわけだ。「もう甲子園に行くだけではないだろう。甲子園で勝つためには伊藤が成長しないと」。伊藤に厳しさを経験させることが、甲子園での勝利の近道という。

 佐々木監督も十分承知している。84年、取手二時代に木内氏が初めて全国制覇したときの二塁手。91年に常総学院にコーチとして来てからは昨年までずっと一緒にやってきた。木内野球をもっともよく知る1人だ。「私には(木内)監督の野球が浸透してますから。今日はそんな選手起用をしてみたかったんですけど…」。6回まで3-0の展開では仕方なかったのかもしれない。ただ交代選手が活躍して7、8回の追加点になったのも事実だ。

 強力な師弟関係で結ばれているからこその苦言。新生・常総学院がまたひとつ成長して強くなっていく。【中村誠慈】

 ◆木内幸男(きうち・ゆきお)1931年(昭6)7月12日、茨城県生まれ。土浦一卒業後、50年から同校コーチとして指導者の道に入る。53年から同校監督。56~84年、取手二監督。85~03年、常総学院監督。1度は離れるが08年に復帰。昨年8月に勇退した。甲子園出場22度、史上5位の40勝。

 ◆佐々木力(ささき・ちから)1966年(昭41)5月20日、秋田県生まれ。取手二-日体大。取手二では木内監督の下で二塁手として全国優勝。89年に東洋大牛久の準硬式野球部監督に就任。91年から常総学院コーチ、部長などを歴任。昨年8月に監督に就任した。