<全国高校野球選手権:樟南1-0佐世保実>◇12日◇1回戦

 佐世保実(長崎)木下愛(いとし)投手(3年)が力投した。左目の視界は5円玉の穴程度というハンディを乗り越えて2度目の甲子園出場。樟南(鹿児島)に敗れたものの、7安打1失点で完投した。

 佐世保実・木下はすべてを出し切った。夏1勝に届かなかったが、8回1失点の好投。昨夏の甲子園では2回戦で救援登板し、3回7失点だった。「去年負けてから甲子園だけを見ていた。経験を生かして自分のピッチングが出来た。高校で今日がベストピッチングでした」。悔いはなかった。

 小学6年生のとき、長崎市内の自宅の屋根から隣を流れる川へ転落。病院へ搬送され、1日入院した。左肘を骨折していた。翌日、左目に違和感が出た。頭部をぶつけた影響で視神経が圧迫されたためだった。失明の可能性があったため緊急手術を受けたが、左目の視界は5円玉の穴程度で視力は0・04に落ちた。「この子は1人で生活していけるのか。やりがいを見つけることができるのか、と思い悩みました」と母なおみさん(44)は振り返る。

 だが木下は、進学した横尾中で軟式野球部に入った。くじけず、懸命に白球を追いかけて甲子園にたどりついた。毎回走者を背負う展開で粘り強く投げ抜いた。唯一の失点だった5回のスリーバントスクイズの場面はスライダーのサインに首を振り、投げたかった直球で勝負した。「思い切り投げた。悔いはない」と力強く話した。

 この日が誕生日だったなおみさんは「愛(いとし)との中で甲子園が約束でした。今ここにいることが最高のプレゼントです」と笑った。6年前、息子の搬送先の病院に駆けつけたとき、豪雨が降っていた。「川に落ちて助けられずにいたら、命をなくしていたかもしれない。運がよかったのかも」と思い、成長を見守ってきた。その愛情に応えた木下の好投だった。