オリックス新社長は豊臣秀吉をサポートした一族出身だった!! 1月1日付けで就任したオリックスの馬殿(ばでん)太郎代表取締役新球団社長(59)が5日、大阪市内の球団事務所の仕事始めで始動。名字、午(うま)年生まれの年男と“馬フィーバー”の新球団社長は「強く、たくましく、格好いい球団を作りたい」と所信表明した。太閤・豊臣秀吉を2度宿泊させたという一族の子孫。セパ12球団を統一する常勝軍団作りに励む。馬殿球団社長の一問一答は以下の通り。
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-就任が決まった心境
「パ・リーグ3連覇を成し遂げた湊前社長の後なので大変、重責を感じております。一昨年、スポンサーさんとの会食の場で湊前社長が一緒でやりきった顔をしておられた。『湊さんはやりきったので、そろそろ交代しましょうか?』って冗談で言ったが、本当になるとは思いませんでした」
-23年の3連覇はどう見たか
「根っからのオリックス・バファローズファン。社員ということを忘れて、1試合1試合、興奮と歓喜をいただきました。そこにファンの力が選手を後押ししていただいた。そういう感動を、もう一度つくっていきたい」
-どんな球団にしていきたいか
「3連覇した時の強さ、プラスのたくましさ、かっこいい球団を作っていくためにいろいろと発想していきたい」
-野球経験は
「少年野球どまりです。少年野球で甲子園の土を踏んでおりまして、一応、甲子園球児です(笑い)。レフト以外は全部やりました。めちゃめちゃ運動神経良くてユーティリティ選手で使い回されて終わった」
-少年時代からバファローズファン
「家の近所に、近鉄、阪急の選手も結構住んでおりまして。何も考えずに自然に、当時の阪急ファンから始まりました」
-オリックスとして印象に残っているシーンは
「阪神大震災のときは愛媛の松山支店で勤務しておりまして、松山から家内と観戦にきて、目の前で日本一が決まったところは鮮明に覚えております」
-今年は年男。午年で新社長としてスタート
「苗字も馬殿ですので。12歳の時に、『午年生まれでその名も馬殿』と新聞の元旦1面に載ったことがあります。ただの雑談ですけど」
-馬殿という苗字はどちらの名前か
「兵庫県の宝塚市の苗字です。あと、滋賀の近江と和歌山に数件いらっしゃると聞いておりますが、大半は宝塚の逆瀬川の周辺に。私の認識で30件くらいありますね。地元の名前です」
◆馬殿太郎(ばでん・たろう)1966年(昭41)6月27日生まれ、兵庫県宝塚市出身。小学生時代は野球で左翼以外を守るユーティリティープレーヤーだった。中学から大学まではテニス部に所属。甲南大経済学部を卒業し、オリックスが阪急を買収した翌90年に入社。営業を中心に富山、松山、東京中央支店長などを歴任し、法人営業本部副本部長、グループ関西副代表を歴任した。1月1日付でオリックス野球クラブ代表取締役社長オーナー代行、オリックス執行役グループ関西代表に就任した。



