侍ジャパン湯浅京己投手(23)が鮮烈なWBCデビューを飾った。「カーネクストWBC東京プール」中国戦の8回に3番手で登板。8番から始まる中国打線を3者連続空振り三振に仕留めた。3点リードを保ち、直後8回裏に日本は4得点。虎のアツアツ右腕が快投で大勝発進を演出した。

湯浅がりりしい表情でマウンドに立った。「ブルペンで緊張しましたけど、マウンドに行ったらいつも通りやれたかな」。言葉通り、中国打線を3者連続空振り三振。ダルビッシュから教わったフォーク、スライダーを交え、中国打線を寄せ付けない。最速154キロと威力も十分だ。

「たくさんお客さんが入っていて、マウンドに上がる時に拍手とかがすごく聞こえて、力をもらえました。しっかりマウンドで力を出せたかな」。360度、満員の大観衆に感謝した。

今年の元旦も、寒空の三重・尾鷲市のグラウンドには乾いた捕球音が響いた。1月1日午前9時。父栄一さん(51)とアップを始める。体が温まれば白球を手にした。母衣子さん(50)が見守る恒例行事から、湯浅の1年は始まった。

例年と違うのはWBC使用球で投げ込んだこと。そして、父の手には真新しいミットがあったことだ。昨年10月、湯浅は今年からアドバイザリー契約を結んだザナックス社に依頼し、「京己」と刺しゅうされたキャッチャーミットを父にプレゼントした。型つけ用のハンマーを添えて「オフに帰るまでにミット作っといて!」と伝えた。

「京己が中学校くらいに買ったやつがもうボロボロやったからね。ガチガチのミット送ってきてね(笑い)。しっかりたたいたから、はじかなったよ」。社会人野球で捕手としてプレー経験のある栄一さんはうれしそうに笑う。「音もちゃんと鳴らすよ」。中腰に構える父のミット目がけて、糸を引くような真っすぐがズドンと響く。時にはいたずらな笑顔とともにフォークも投げ込んだ。

「どうや?(父)」

「うまいな!(息子)」

「せやろ!(父)」

勝負の1年は、野球を始めた幼少期の頃と変わらない父とのキャッチボールから始まった。

小学4年時、09年WBCを東京ドームで観戦した少年が14年後、侍戦士に進化して帰ってきた。「まだまだ今日始まったばかり。しっかり世界一に貢献できるように頑張りたい」。独立リーグ出身。3度の腰椎分離症を乗り越えた男が、東京ドームの中心で堂々と腕を振った。【中野椋】