2021年8月6日。今日で広島に原爆が投下され76年が経ちます。毎年この日を迎えるわけですが、今年はコロナ禍、そしてオリンピック開催期間中ということもあり、この日を余計に意識するのは僕だけではない気がします。
そして、今日はサッカー五輪日本代表男子が53年ぶりのメダルをかけてメキシコとの一戦を控えた日でもあります。スポーツに政治を持ち込むなとの意見もありますが、オリンピックは平和の祭典でもあります。復興五輪と位置づけた東京オリンピックは、戦後の日本が多くの復興から今を作っている証しです。戦争、震災、災害、そして未知のウイルスとの戦い。僕らは今、人類がこれまで経験していない窮地に立たされています。
オリンピック開始前は多くの人がオリンピック開催を批判していました。僕はやはり基本的には賛成です。ただし、それはオリンピックそのものが持つ意義を明確にするという前提があった上で、です。オリンピック憲章6条に「オリンピック・ムーブメントの目的は、いかなる差別をも伴うことなく、友情、連帯、フェアプレーの精神をもって相互に理解しあうオリンピック精神に基づいて行われるスポーツを通して青少年を教育することにより、平和でよりよい世界をつくることに貢献することにある」とあります。まさに今こそ日本人が持つ精神を世界に伝える良い機会だと僕は思います。
僕の祖母は今年で101歳になりました。戦争を乗り越え、高度経済成長期を走り抜け、今もなお、生きています。先日、肺炎で入院し、さすがにもうダメかと家族の誰もが思いましたが、笑顔で退院しました。そんな祖母を思うと感謝しかありません。
人類の欲望で始まった戦争に巻き込まれ、今を生きることに必死だった時代。その度に祖母は「こんな時代をわが子や孫やひ孫の代に残すわけにはいかないと思った」と言います。その強い思いが、サバイバーとしてのDNAを我々に受け継いでくれています。二度と同じ悲劇を生まないために、当時を生き抜いた祖母たちの想いや魂は現代を生きる僕らの心の中に息づいているはずです。
僕は以前、パレスチナへ仕事で訪れたことがあります。訪問先の家の壁に少女らしき人物が目隠しをした絵が飾られていました。「14歳の女の子が描いた自画像です」と説明を受けました。そして、その絵を描いた少女にその意味を尋ねると、彼女は僕の目を真っすぐ見ながらこう言いました。
「これがパレスチナの現状です。先の見えない、未来のない我が国を目隠しをしている自分を描くことでその現状を伝えたかったのです」
そのストレートな表現に僕は言葉を失いました。そして会話が続く中で彼女に夢を尋ねると、笑顔で「ドクターになりたい!」と言ったのです。この矛盾に僕はハッとさせられました。彼女の描いた絵はネガティブな現状を伝えるものであっても、彼女自身の心のネガティブさを表したものではないということです。僕は続けて彼女になぜドクターになりたいのかと聞くと、彼女はこう答えました。
「毎日、毎日死ななくていい命が目の前で亡くなっていきます。でも、私はそれを見ているだけで何もできません。無力感にさいなまれる日々を何とか打開したいと思ってる中、ドクターになって1人でも多くの命を救いたいのです」
日本は明日いきなり命が失われることはありません。もちろんコロナ禍で厳しい現状は変わりませんが、未来は自分たちで作れます。しかし、未来のないパレスチナの少女が未来を作ろうと必死に頑張っている中、僕ら日本人は誰かの足を引っ張ることしかしていません。
あれから15年が経ちました。最後に彼女から僕に質問がありました。「日本はなぜ戦争に負けたアメリカを恨まず受け入れているのですか?」と。その当時、僕は答えることができませんでした。今、改めてその問いに答えることが許されるならば、僕はこう答えます。
「恨むことよりも受け入れることを優先して、前に進みたいと思う日本人の精神がそこにあったのだと思います」
祖母が言っていたように、こんな時代を後世に残すわけにはいかない、だから止まっていることなんてできない。受け入れて前に進んで二度と同じことが起きないために何ができるのかを必死に考え日々を送ること以外に選択肢はなかったのだと思います。それは「武士道は損得勘定を考えず、貧困を誇る」という言葉があるように、自分の損得を考えるより、未来に命を紡いでいく精神が日本人にはあるのです。
今回のオリンピックで柔道や空手の日本選手団は、感情をそこまで爆発させず何かをグッと堪えて耐え忍んで、その結果をかみ締めている気がします。これが最も重要な精神であると僕は思います。東京オリンピックは、武士道の精神を心の中に持つ日本人が、世界に「その一歩を前へ前へ」というメッセージを伝えるのに非常に大きな価値を持っていると思っています。
8月6日の今日。もう1度日本人の魂をひとつにして、アスリートたちを応援しましょう。さまざまな国がこの日本に集うオリンピック。いろいろな国の背景を想像しながら、我が国、日本の誇らしい精神をもう一度取り戻し、この暗くよどんだ現代を国民全員の力で打破していきたいと思います。
アスリートの皆さん、頑張ってください!そして、日本人であることを誇りに僕らも戦いましょう!
◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。同年12月には初の著書「おっさんJリーガーが年俸120円でも最高に幸福なわけ」(小学館)を出版。オンラインサロン「Team ABIKO」も開設。21年4月に格闘技イベント「EXECUTIVE FIGHT 武士道」で格闘家デビュー。8月27日に同大会で第2戦に挑む。175センチ、74キロ。
(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「元年俸120円Jリーガー安彦考真のリアルアンサー」)



