WBA世界ミニマム級4位高田勇仁(ゆに、27=ライオンズ)が世界王座獲得を逃した。昨年9月、5回負傷判定で敗れていた同級王者松本流星(27=帝拳)との約6カ月ぶりのダイレクトリマッチに挑み、0-3で判定負け(ジャッジ3人とも120-108)を喫した。プロデビューから29戦目。11年間で9敗を喫しながらも巡ってきた世界再挑戦でも、ベルトをつかみ取れなかった。創設40年の所属ジム初の世界王者にも届かなかった。
半年前の松本との初対決が世界初挑戦だった。劣勢の中で偶然のバッティングで頭部の大きなダメージを受けて試合続行不可能に陥り、5回負傷判定負け。「前回は悔しい思いをしたので、ダイレクトリマッチが決まった瞬間はすぐにやりたいと思った。このチャンスを必ずものにする」。勝ち負けを繰り返しながら、巡ってきた2度目の世界戦でも世界ベルトを手にいれることはできなかった。
本名はユニ・カバーレと言う。母ジェネリタさんの母国フィリピンで生まれ、祖母に育てられた。母国の英雄、元世界6階級制覇王者マニー・パッキャオ(フィリピン)の人気もあって8歳の時、ボクシングに出会った。親戚の勧めで地元のお祭りで開かれた大会に出場。07年には父信司さんの故郷日本で暮らしはじめ、ボクシングを継続。中学卒業後、世界に3度挑戦した元日本、東洋太平洋スーパーライト級王者ライオン古山こと古山哲夫会長(80)のライオンズジムに入門した。
ジムに誘ってくれた渡辺利矢トレーナー兼マネジャー(58)の自宅に住み込み、15年8月にプロデビュー後も当時は食が細く太れない体質で、ミニマム級リミット(47・6キロ)にも届かない時期が続いた。3年間勝てない時期も過ごし、3度引退を口にしたこともあった。21年4月、強打を誇る石沢開(M・T)との対戦で判定までもつれ込む戦いをみせた後、ファイター型へのスタイル変更を決断したことが転機だった。
渡辺トレーナーの自宅にあるトレーニング室でフィジカルトレを開始し、もともとバネのある肉体を強化。日本王座を4度防衛し、今年1月にはWBOアジア・パシフィック同級王座も獲得。あとは世界王座だけが欲しかった。
高田は「見てもらいたいのは気持ちの強さ。たたき上げでも世界王者になれるところを証明したい」と挑んだ松本との再戦だった。創立40年で初めて所属ジム初の世界王者となった。高田は「勝って会長にベルトを巻いてもらいたい」との意気込んでいたが、勝利に結びつかなかった。

