大相撲の最年長関取、安美錦(40=伊勢ケ浜)が現役を引退し、年寄「安治川」を襲名した。いかにして歴代1位の関取在位117場所目にたどり着いたのか。その横顔を3回にわたって紹介する。最終回は、安美錦の発信力について。

 

名古屋場所前、日本相撲協会の企画で、関取衆が七夕の短冊に願い事を書いた。安美錦は「スーツがにあいますように」と記した。

力士は引退して親方になると、着物や浴衣からスーツになる。引退したくはないはずだが、自虐的なジョークを書いた。

「言葉を用意していたわけでなく、一瞬で書いたよ。願いがかなっちゃったよ。書いてかなっちゃうのが、俺っぽいよね」

取組後の支度部屋では、勝っても負けても気の利いたコメントを残すため、多くの記者に囲まれる。16年初場所3日目、横綱鶴竜から金星を挙げた。「DAIGO風に言うと『KY』だね。金星、やったね」と言って笑わせた。

情報番組をザッピングし、SNSも駆使する情報通。金星の前日は、DAIGOと北川景子が結婚したばかりだった。

なぜ、リップサービスをするのか? 安美錦はこう答える。

「プロなんて、しゃべってなんぼ。聞きにきてもらえるだけ華なんだから。求められるものを提供するのがプロでしょう」

力士は多くを語らない-。そんなタイプを否定はしない。

「そういう人がいてもいい。負けて悔しいなら、悔しい気持ちを言えばいいんじゃないかな。野球でも何でもプロ選手は答えるでしょう?」

今場所2日目にケガを負っても、悲壮感を漂わせることなく、ひょうひょうと取材に応じた。引退会見でもしんみりすることなく、冗談もまじえた。技術を駆使する相撲っぷりと同様、コメントでも巧みに聞く者を魅了した。

7年前の11月、九州場所を控えた時期だった。福岡・久留米市の保育園を慰問し、子供や老人と交流した。質問コーナーで園児から「夢は何ですか?」と聞かれた。すると安美錦は「夢はお相撲さんになることでした。だから、今が夢の中なんです」と答えた。

引退した今、当時のことを聞くと、すっかり忘れていた。

夢はこれで終わるのか? そんな話を振ると、静かに言った。

「また次の夢があるでしょ」

土俵の中でも外でも、ファンを引きつけた安美錦。これからは年寄「安治川」としての夢を追っていく。(おわり)【佐々木一郎】