近年は1つのうそが政治生命やタレント生命を危機に陥れる。米国では「ライヤー(うそつき)」はかなりの侮蔑表現として使われる。

 長い歴史の中で、戦いと和平を繰り返してきたユーラシア大陸の国々はその辺りの懐が深い気がする。優しさゆえのうそもあれば、悲しさゆえもある。第1次世界大戦後の独仏を舞台にしたフランソワ・オゾン監督の「婚約者の友人」(10月21日公開)は、改めてそんなことを実感させる。

 謎のフランス青年がうそをつき、主人公のドイツ女性もうそをつく。脚本にはうそがまぶされ、モノクロとカラーにパートの別れた映像にもうそがある。つく側の気持ちになれば、いずれも納得のうそで、いつの間にか監督が張り巡らせたミステリーにからめ捕られる。

 舞台となる19年のドイツは敗戦国の傷痕が生々しい。婚約者が戦死したアンナも悲しみに沈んでいる。彼女はある日、日課となった墓参りで、見知らぬ男が婚約者フランツの墓に花を手向けて泣いているのを目撃する。アドリアンと名乗る男は戦前のパリでフランツと知り合ったと明かし、アンナや同居しているフランツの両親に彼女たちの知らなかった「パリでのフランツ」について語り始める。

 敵国からやって来た青年に近所の人たちは憎悪をむき出しにするが、アンナと両親はフランツの思い出と重ねて、しだいにアドリアンにひかれていく。だが、彼には重大な秘密があった。アンナが友人以上の思いを抱き始めたとき、彼は「真相」を明かし始める。その裏にはさらに隠された「真実」があり、一転二転…謎は深まっていく。

 前作「彼は秘密の女ともだち」(14年)にも幾重もの仕掛けがほどこされていたが、オゾン監督の作品は今回も一筋縄ではいかない。作品資料に寄せたコメントには「真実やわかりやすさばかりが求められる時代に、うそについての映画を作りたかった。尊敬するエリック・ロメール(20~2010年、『海辺のポーリーヌ』など)の教え子として、うそこそがストーリーを動かすためのネタになるのではないかと思った」とある。

 戦死したフランツは「フランス」に響きが似ているから思い付いた名前だそうだ。「ツ」の部分にドイツ語のスペルではTを入れないが、フランス人は良く間違って入れるという。フランツはドイツ人だが、大のフランスびいきという設定なので、劇中ではわざと自分でTを加えたりする。

 この辺りのディテールには、気付かなくても十分楽しめるのだが、オゾン監督は意地が悪いのでその辺の素養があればあるほど、より深く楽しむことができるように作っている。おかげで、見終わった後で資料をひっくり返したり、検索を繰り返したりして、なるほどそういう意味だったのかと後味をかみしめることがしばしばある。

 アンナ役のパウラ・べーア(21)はベルリン生まれ。オーディションでオゾン監督に抜てきされたという。撮影時20歳だったとは思えないくらい演技は落ち着いている。もの悲しい表情の中に意思の強さがにじみ出ている。映像の中ではうそを見抜かせないポーカー・フェイスを貫いている。

 アドリアン役のピエール・レネ(27)は「イヴ・サンローラン」(14年)の成り切りぶりが印象に残っているが、今回も絵に描いたような好青年ぶりで、お面をかぶったように表情を読ませない。

 いかにも監督色の濃いキャスティングも、今作のオゾン・マジックの奥行きを深くしている。【相原斎】