とってもシンプルな異文化交流の物語である。

フィンランドの小さな村に中国人父子がやってくる。ただ1軒の食堂に入った2人はある男性の居場所を尋ねる。が、言語の壁。ともに独特の発音の違いがあって、居合わせた誰もがその名前を「知らない」と答える。

食堂を1人で切り盛りしている女性は、困り果てた2人に同情して寝泊まりする部屋を提供する。

中国の団体客はこんな小さな村にも訪れるようになっており、ポテトとソーセージだけのシンプルな料理は舌の肥えた彼らに不評だった。ある日、寄宿する父が料理を買って出る。彼はもともと上海の高級店のオーナーシェフだったのだ。

料理は評判を呼び、薬膳の力で地元の常連たちもその味と健康改善効果のとりこになる。女性は彼が調理人として働くこととの引き換えに「尋ね人」の捜索を約束する。それぞれの過去を知るようになった2人は互いに好意を抱くようになって…。

2月19日公開の「世界で一番しあわせな食堂」はそんなストーリーだ。

弟のアキとともにフィンランド映画界をリードするミカ・カウリスマキ監督は、北部ラップランドの風景と名シェフの珠玉の料理という最強の「美」の組み合わせで、否応なく引き込んでいく。

グリーン系のグラデーションに彩られた夏のラップランドは、妙な比喩になるが人工の書き割りかと思うくらい完璧に美しい。そこを歩くトナカイの群れ、そのまま飲める水をたたえる湖…余計なものは何もないが、中国人シェフの「ここにはすべてがある」のセリフに思わずうなずく。

料理はシンプルだが、そこには環境と健康を考え抜いた理屈と絶妙のあんばいがある。もう三十数年前になるが、初めて中国を訪れたときの朝食で出たかゆの舌触りを思い出した。

中国人シェフにふんするのは香港出身で、舞台を中心に活動してきたチュー・パック・ホング。永瀬正敏にちょっと似ていて、この実直な男を感じよく演じている。

食堂の女性店主や常連たちにはフィンランドの実力派やベテランがふんしていて、田舎町の寛容な住人たちにリアリティーがある。

長年のフィンランド=中国間の経済的な良好関係が、この作品の背景にあるとは思うのだが、ブラジル、ドイツ、イタリア…と移り住んだ国際派のミカ監督が目指す「市井の人々の自然なグローバリズム」はしっかりと伝わってきた。

近年の中国の覇権主義を頭から振り払うことはできないが、予断を越えて温かさを感じる気持ちのいい作品だ。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)

(C)Marianna Films
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