落語家立川談春(57)が、芸歴40周年特別企画「立川談春 独演会」を、大阪市の森ノ宮ピロティホールで10カ月連続公演中だ。17歳で、立川談志さんに入門。今や「最もチケットが取れない落語家」とも呼ばれる。俳優としても活動し、落語界だけにとどまらない活躍を見せる談春が40年の軌跡を振り返り、大阪で連続公演する意義を語った。【阪口孝志】
17歳で談志さんに入門。40年がたった。「偶然と幸運。10年早くても遅くてもダメだった。落語を取り巻く世の中の環境と仲間に恵まれた」と振り返る。
入門当時の落語界は「冬の時代」。立川流が寄席を持たないため、前座の頃は結婚式の余興で得た収入で独演会を開き腕を磨いた。
平成になると客が寄席に足を運ぶようになった。二つ目に昇進してからはテレビ出演も舞い込み「仕事だけを考えたら、そんなに苦労はしていない」。
自伝「赤めだか」のドラマ化をきっかけに俳優のオファーも増えた。「落語もやるんですねって言われてがっかりしたこともある」と笑う。
チームで作品を作るドラマには刺激を受けたが「1人だからこそできる部分がある。やっぱり落語が好きだと思った。落語をやるための勉強になった」と感じた。
閉じられた空間でも成立させてしまう落語は「人の脳に想像させる」ものであり、映像を見れば分かるドラマとは違う。
「最近気がついたのがね。見に来た人が『何言ってるか全部分かった。シーンが浮かんだ』って言うんですよ。落語って勉強しないと分からないものだと思い込んでる。『分かりやすくしよう』って作るんだけど、分かりやすくの程度がそこなんだっていうのを発見した。それでいくと、こういう話芸って表現方法が400年も残ってるのって面白いですよね」
そんな談春が大阪で10カ月連続公演に挑んでいる。「この頻度で大阪でやることはもうない」とも言う。
実は大阪には縁が深い。08年、フェスティバルホールで落語家として初の独演会を開催。リニューアル後も独演会を開催している。神戸・大阪で12カ月連続独演会も行ったこともある。
「大阪は落語を作品として一番、真剣に聞いてくれる。トークとか要らないから、落語やってくれって人が多いし、自分の思う落語じゃなくても、これはいいと思うと乗ってくれる」
5年ごとの周年のたびに落語を聴きに来てくれるファンへの思いがある。
「『30年目と40年目で変わってるんだ。10年でこういうことが響くようになったんだ』って思わせる。それは僕にとってもつらくて大変だけどやろうと。敬愛する先輩からも『迷ったら、つらい方をやれ』って言われてきたから」
師匠の談志さんもそうだった。
「談志は好きなことを貫き通したら、何に悩んで、何に栄光を感じて、どんな死に方をするか全部ドキュメントで見せていた」
好きで始めた落語を貫き通すことによる「笑える程度の不幸せ」。そんな姿をファンに見せるつもりだ。もちろん、それは耳の肥えた落語好きだけでなく、毎日が面白くない、何かにイラついているという人にとっても「落語を聴くチャンス」だと言い切る。
「そこを満たしてくれる芸能って少ない。座ってくれてれば分かるし、分からなければ演者が悪い。ささいな冒険かもしれないが何かの縁。とにかく来て聴いてみていただければ」
◆立川談春(たてかわ・だんしゅん)1966年(昭41)6月27日生まれ、東京都出身。84年、高校を中退し、立川談志に入門。「談春」と命名される。88年、二つ目、97年に真打ちに昇進。08年に歌舞伎座で「立川談志・談春親子会」を開催した。04年、国立演芸場花形演芸大賞、08年に自伝的エッセー「赤めだか」で講談社エッセイ賞を受賞。俳優としてもTBS系「ルーズヴェルト・ゲーム」、NHK大河ドラマ「どうする家康」などで好演。
(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「西日本発エンタメ」)





