連載「われら第7世代!~演歌・歌謡曲のニューパワー~」の辰巳ゆうと(23)の第2回は「ストリートライブ」です。大阪生まれで大学進学を機に上京。学業と並行し、人情味あふれる下町でストリートライブを重ね、デビューに備えました。日刊スポーツ笹森文彦記者がその歩みに迫ります。

ストリートライブの経験を話す辰巳ゆうと
ストリートライブの経験を話す辰巳ゆうと

本題のストリートライブにまつわる話の前に、辰巳と歌の関わりをダイジェストで紹介する。

演歌好きのおじいちゃん子だった辰巳は、記憶にはないが、カラオケ喫茶でおむつを交換してもらったこともあったという。幼少期から演歌になれ親しみ、テレビで見た氷川きよしのファンとなり、3、4歳から毎年、コンサートに連れて行ってもらった。保育園の七夕の短冊や小学校の卒業文集に「演歌歌手になりたい」と書いた。

変声期を迎え、子供なりにも心が成長すると「演歌歌手になりたいと思っても限られた人しかなれない」と現実的に考えるようになった。野球に熱中するようになった。歌手の夢を持っていることを知っていた母が、中学1年の時に「ティーンズカラオケ大会」応募を勧めてくれた。「テープ審査に送るだけ送ってみよう」と軽い気持ちだったが、最終審査に進出。氷川の「三味線旅がらす」を歌って優勝した。

この大会は現在の所属事務所「長良グループ」が主催していた。優勝後、定期的なレッスンを受け、大学進学と同時に上京。本格的なデビューの準備に取り組んだ。その時スタッフから勧められたのがストリートライブだった。

辰巳 デビュー前、ステージに立つための修業として、ストリートライブをやってみたらとアドバイスをいただいたんです。その時は『分かりました』という感じでしたが、いざやるとなったら大変でした。

都内でストリートライブを行っていた辰巳ゆうと
都内でストリートライブを行っていた辰巳ゆうと
都内でストリートライブを行っていた辰巳ゆうと
都内でストリートライブを行っていた辰巳ゆうと

ストリートライブとは、路上で通りすがりの人たちに歌を聴いてもらうこと。人気デュオゆずは横浜松坂屋前で、人気バンドいきものがかりは神奈川・本厚木駅や海老名駅周辺で、コブクロは大阪・堺市の商店街でストリートライブを行っていたのは有名な話だ。

辰巳 最初は渋谷、新宿など人通りが多い大きい駅前でやるのかなって思っていたんです。ところがスタッフが指定する駅は、赤羽、次に錦糸町、大塚、巣鴨。関西出身なので都内の土地勘はそんなになかったのですが、最初はどうしてここでと思いました。

まだ立場は大学生。当然だがマネジャーもスタッフもいない。スタッフと相談はするが、週2回をノルマに、歌う場所の確保やマイクの準備など全て1人で行った。1日10曲程度、歌った。

辰巳 大阪出身なのであまり人見知りせず、誰とでも仲良くなれるタイプなんです。上京当初は偏見で大変申し訳ないですけど、東京って冷たい人ばかりみたいな、何か聞いても教えてくれないみたいな、そんな印象を持っていたんです。

その言葉通り、ライブを始めた頃は散々だった。聴衆0人は当たり前。酔っぱらいに絡まれ「俺に歌わせろ!」と強引にマイクを取られたこともあった。しかし徐々に状況は変化していく。

辰巳 しばらくして僕が定期的にライブをやっていることを知ってくれた方が声を掛けてくれたり、温かいお茶を差し入れてくださるようになった。東京の中でも下町は特にやさしい人が多くて、関西とはまた違った、東京ならではの愛情というか、人情味をすごく感じて、とてもうれしかったですね。下町でストリートライブをやっていく意味というのが、だんだんと分かってきました。

ストリートライブで多くを学んだ。今回の取材にも生かされていた。インタビュー中、相手の目をしっかり見て質問に答える。

辰巳 ストリートライブでは最初はどこを見て歌ったらいいか、分からなかった。それでお客様が聴いてくれなかった時に、もしかしたら通り過ぎて行く皆さんの目を見て歌えば、止まってくれるんじゃないかなと思ったんです。実践し始めたら、本当にそれで聴いてくださる方がいらっしゃった。目を見て歌うと、相手も真剣に聴いてくださるということを経験できた。人の目を見て話すこともそう。今も意識しています。

今もライブでは歌いながら全員と目を合わすことを意識している。前列も後列も均等にである。

辰巳 歌うのは口ですけど、僕は目でも歌っています。どんなに口でうまく歌っても目が死んでいたら、伝わるものも伝わらない。下手くそでも目がすごく真剣だったら、一生懸命歌っているんだなと伝わるものもあると思います。目は歌に関しては大事なポイントだと思っています。

最初から会場が準備されて、最初からお客さんがいるのが当たり前と思ってはいけない、ということも学んだ。足を止めて、歌を聴いてもらう大変さを学んだからこその思いである。路上で温かく応援してくれた人たちは、今も大切な応援団だと思っている。

精神面だけでなく、歌唱力や表現力も磨かれた。両A面の最新曲でも、禁断の恋を歌うロマンチックな「誘われてエデン」と心温まる演歌「望郷」を見事に歌い分けている。

人前で歌う度胸はもちろん、ハプニングへの対応力も身に付けた。ストリートライブの経験が今の自分を支えている。(つづく)

野球に熱中していた中学3年の辰巳ゆうと
野球に熱中していた中学3年の辰巳ゆうと
辰巳ゆうとのデビュー曲「下町純情」のジャケット
辰巳ゆうとのデビュー曲「下町純情」のジャケット

◆辰巳(たつみ)ゆうと 1998年(平10)1月9日、大阪府生まれ。18年にビクターエンタテインメントから「下町純情」で歌手デビュー。第60回日本レコード大賞最優秀新人賞受賞。第33回日本ゴールドディスク大賞「ベスト・演歌/歌謡曲・ニュー・アーティスト」受賞。2作目「おとこの純情」でオリコン「週間演歌・歌謡シングルランキング」1位獲得。第3弾「センチメンタル・ハート/男のしぐれ」はロマンチックなポップス作品と演歌の両A面シングル。同様の最新曲「誘われてエデン/望郷」のジャケットとカップリング曲を変えたEタイプとFタイプが10月13日に発売。趣味はソロキャンプ、バルーンアート、スイーツ料理。173センチ、血液型A。

◆「われら第7世代!~演歌・歌謡曲のニューパワー~」は毎週日曜更新です。