フランスを代表する歌手と作曲家が相次いで亡くなった。10月、「ラ・ボーエーム」「帰り来ぬ青春」など世界的ヒット曲を歌ったシャルル・アズナブールが94歳で、11月に「ある愛の詩」「男と女」「白い恋人たち」など数多くの映画音楽を作曲したフランシス・レイが86歳で亡くなった。

アズナブールとフランシス・レイは、ある人とのつながりがあるという共通点を持っている。それは伝説のシャンソン歌手エディット・ピアフと親しい関係にあったことだ。ピアフは「愛の讃歌」「バラ色の人生」などを歌った、フランスの国民的歌手。63年に47歳で亡くなった時は、パリ中の商店が弔意を表して休業し、喪に服したという。

アズナブールは若き日にピアフにその才能を見いだされ、8年間、ピアフの自宅に住み込んであらゆる雑用をこなした。恋人と言われたこともあった。フランシス・レイは晩年のピアフのもとで伴奏者としてアコーディオンをひいていた。作曲もしていたレイにピアフは「あんたはいつか、世界中を駆け巡る曲を書くでしょう」と予言した。3年後、レイはクロード・ルルーシュ監督の映画「男と女」に「ダバダバダ」と歌う曲を書き、大ヒットした。

そんな2人と深く関わったピアフの半生を描いた舞台「ピアフ」がシアタークリエで上演されている。演じるのは、ピアフが乗り移っているかのような大竹しのぶ。11年の初演で、今回が4回目の上演だが、舞台はさらに深化し、数段も高みにあがっていた。神がかりと言いたい舞台だった。

それはラストシーンに集約される。極貧の家庭に生まれ、路上の歌手から国民的歌手に上り詰める。妻子あるボクサーのマルセル・セルダンとの熱愛も、彼の事故死で終わる。その後も若い男性と関係を持つが、薬物に手を出し転落する。ステージに立とうとしても、マイクの前で何度も気を失い、歌うことができない。しかし、最後の恋人サボと出会い、再生していく。

病み衰え、浜辺の病院で療養するピアフのもとに、昔なじみの友達(梅沢昌代がいい)が訪れる。たわいない昔話をする中、眠るように息を引き取る。死者となったピアフは立ち上がり、亡くなる3年前に発表した「水に流して」を静かに歌い出し、思いを込めて、「もういいの もう後悔しない 昨日のことは すべて水に流して」「もういいの もう後悔しない 新しい人生が 今日から始まるのさ」と力強く歌う。すべてを浄化する歌声だった。

初演の時、「歌手ではない大竹の歌は魂の叫びとなって、聴くものを圧倒する。同時代に大竹がいる幸せを感じる瞬間だった」と書いた。今回、見ていて、今年で七回忌となる森光子さんの「放浪記」が頭をよぎった。「放浪記」も貧しい生活の中から作家として大成した林芙美子の半生を描いた作品。61年に初演され、私が最初に見たのは81年の4度目の上演時だったが、その時は森さんの代表的な作品という程度の認識だった。しかし、回を重ねて、森さんの演技に凄みが増し、90年に1000回を超えたころから、演劇史に残る伝説の舞台となっていった。大竹の「ピアフ」にも、「放浪記」と同じ勢いを感じる。今回の感想をひと言で表すとしたら、「伝説の舞台となる瞬間に立ち会った幸せを感じた」と書くだろう。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)