歌舞伎俳優市川海老蔵(41)が来年5月に、13代目市川団十郎白猿を、長男堀越勸玄君(5)が8代目市川新之助を襲名することを14日、松竹が発表した。この日、海老蔵、勸玄君が東京・歌舞伎座で会見を行った。襲名興行は同所で20年5~7月の3カ月間、行われる。

 

海老蔵の父12代目市川団十郎の襲名披露興行は34年前の85年4~6月と3カ月間にわたり、歌舞伎座で行われた。11代目団十郎の死後、20年間も空席だった団十郎復活とあって、昭和の歌舞伎界の最大イベントで、「30億円興行」といわれた。

襲名発表は2年前の83年6月に行われ、通常の歌舞伎座の襲名披露興行は1カ月、長くても2カ月だったが、団十郎襲名は異例の3カ月。当時、歌舞伎人気は低迷しており、3カ月興行は無謀と思えた。しかし、そこには団十郎襲名で、歌舞伎人気を復活させようというもくろみがあった。

84年秋の襲名披露パーティーには中曽根康弘首相、田中角栄元首相も駆けつけるなど政財界も後押しした。団十郎家ゆかりの成田山新勝寺でお練りを行い、その際に京成上野から成田まで特別列車「団十郎号」が運行した。さらに新勝寺では4日間の参籠修行を行った。浅草寺の仲見世でのお練りには3万人以上のファンは詰め掛けた。襲名を前に主演ドラマ「市川団十郎」も放送された。

85年の襲名興行初日。都内の団十郎宅から密着取材したが、楽屋入りの際は多くのファンが詰め掛け、異常な熱気に包まれた。「口上」には中村歌右衛門ら大幹部をはじめ、幹部俳優がずらりとそろい、1列では足りず、2列に並ぶ豪華さだった。団十郎襲名に欠かせない「にらみ」で見えを切ると、「12代目!」「成田屋!」の掛け声が劇場にあふれた。3カ月興行は連日大入りで終わり、その後の歌舞伎ブームの端緒となった。ニューヨークのメトロポリタン劇場でも歌舞伎史上初の海外での襲名披露興行を行うなど、何もかも異例だった。