世界最高峰の映画の祭典といわれる米アカデミー賞授賞式が26日開催されます。93回を数えるこの賞の背景には、良くも悪くもハリウッドの「ムラ意識」があり、称賛の一方で嫉妬もうずまいています。ロサンゼルス駐在25年の千歳香奈子通信員とアカデミー賞ならではの出来事を振り返りました。【相原斎】

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私が洋画を見るようになった10代の頃、スター俳優としてもっとも輝いていたのがポール・ニューマン(08年83歳で没)でした。

「明日に向って撃て!」(69年)「スティング」(73年)…名作を挙げればきりがありません。「熱いトタン屋根の猫」(59年)を皮切りにアカデミー主演男優賞にも7度ノミネートされていますが、実際の受賞は86年の名誉賞が初めてでした。皮肉なことに名誉賞の翌年には「ハスラー2」で主演男優賞。演技賞はこの1度だけなのです。62年に「ハスラー」1作目で最優秀外国男優賞に選んだ英アカデミー賞や、その5年前に有望若手男優賞を贈ったゴールデングローブ賞が、若い頃から高く評価していたのとは対照的です。

アカデミー賞は、映画芸術科学協会約6000人の会員の投票によって決まります。俳優、監督、スタッフの業界人で構成され、ほとんどの会員がハリウッドがあるロサンゼルス周辺に住んでいます。業界人の地域集合体、いわば「ムラ社会」が決めるのがアカデミー賞なのです。このムラ意識がさまざまな悲喜劇を生み出してきました。

ニューマンはこのムラ社会とは一線を画し、遠く東部コネティカット州ウェストポートに居を構える孤高の存在でした。彼の実力を評価していても、いざ投票となると、日ごろパーティーなどで顔を合わせる「仲間」の方をひいきする心理は否定できません。

ようやく主演賞を得たのは全盛期を過ぎた62歳の時。授賞式は欠席しました。

千歳通信員によると「AP通信に印象的なコメントを残しています。『美しい女性(アカデミー賞)を80年追い掛けてきた男の心理だね。最後に女性が折れても、もはや残念だ、私は疲れたと言うしかない』」。

「ハリウッド村」への精いっぱいの皮肉だったのでしょう。

最近ではレオナルド・ディカプリオ(46)が「オスカー(受賞者に贈られる彫像)に嫌われた俳優」と言われました。

97年の「タイタニック」は最多14部門でノミネートされましたが、主演男優の彼だけが候補になりませんでした。マーチン・スコセッシ監督の「ギャング・オブ・ニューヨーク」(02年)では本来主演はディカプリオでしたが、共演のダニエル・デイ=ルイスが主演男優賞にノミネート。番手(俳優の並び順)をひっくり返す、意地悪ともとれる候補者選定でした。

念願の初受賞は15年の「レヴェナント 蘇りし者」。その時の様子を千歳通信員は「ディカプリオの名前が呼ばれた瞬間。アカデミー会員で占められた会場はひときわ喝采に沸き、どこかホッとした雰囲気が印象に残りました。嫌われていたというより、むしろ積み重なった非運に同情するような空気があったように思います」と振り返ります。

公の場では称賛や同情しても、その裏で嫉妬心がうごめくのがムラ社会です。今ではその中心にいるスティーブン・スピルバーグ監督(74)も例外ではなく、若くして成功した分、受賞にたどり着くまでには長い道のりがありました。74年の「続・激突!カージャック」で劇場用映画を初監督してから、「シンドラーのリスト」で作品賞、監督賞という栄誉にたどり着くまで実に19年の年月を要したのです。票数が伸びない背景に、超が付く売れっ子に対する嫉妬心がうごめいていたことは否定できません。

賞とは縁のない娯楽作品の作り手というイメージが強いのは確かですが、人種問題を扱った「カラー・パープル」(85年)のようなアカデミー会員好みの作品を撮ると、今度は「賞狙い」と拒否反応を生む悪循環が繰り返されたのです。

98年の「プライベート・ライアン」で2度目の監督賞を得て、各映画祭の名誉賞や海外の勲章も数多く授与されたスピルバーグ監督ですが、近年成長目覚ましいNetflixなどの動画配信会社の作品を巡る議論で大炎上し、孤立を深めたのは最近のことです。

映画館への愛着が強いスピルバーグ監督は「配信作品は映画ではない」とアカデミー会員にノミネート資格の変更を提案したのですが、若手監督から予想外の猛反発をくらいました。無名監督にも潤沢な製作費が用意される配信作品は、若手にとっては貴重なチャンスなのです。

さらに従来の映画作りは劇場での興行成績を前提に、常に娯楽性を意識する必要がありましたが、一律の料金で多数の映画の視聴が可能な配信作品では、より自由に作家性を打ち出すことができます。スコセッシ監督のような巨匠が進んで作品を提供するのもそんな環境があるからです。劇場などの興行関係者にとっては天敵といえますが、作り手にとってはむしろありがたい存在なのです。

常に潤沢な製作費に恵まれ、自分の作りたいものがそのまま劇場主の期待にマッチしてきたスピルバーグ監督は、その恵まれた境遇ゆえの発言で、若手からも巨匠連からも批判を受けることになったのです。

今年の作品賞ノミネート8本のうち、3本はNetflix、1本がアマゾン・プライムと半数が配信会社の作品です。配信作品が主流となる新時代は、70年代から映画界をリードしてきたスピルバーグ監督にとってむしろ居心地の悪いものかもしれません。

 

 

○…受賞者にはオスカー像と呼ばれる金メッキの彫像が贈られます。製作費は日本円にして3万円程度といわれています。賞金などはいっさい付与されません。が、オスカーがもたらす名誉やその後の経済効果には計り知れないものがあり、受賞を目指すPR合戦には多くの資金が投入されます。

夏の大作シーズンが終わった秋から年末にかけてが、オスカー狙いの作品が公開される時期になります。この間、映画各社は受賞を目指して大々的なキャンペーンを繰り広げます。

「作品賞を取るには1000万ドル(約10億円)の宣伝費が必要と言われています。通常の作品は300万ドル程度ですから3倍以上。新聞、テレビなどの広告費から投票資格を持つ人たちに向けた特別試写会やパーティー。専門のPRコンサルタントに支払われる高額ギャラもこれに含まれます」(千歳通信員)。

性的暴行で有罪判決を受けたプロデューサーのハーベイ・ワインスタインは、派手な宣伝活動による「オスカー荒らし」としても知られました。80年代後半から90年代にかけて彼が手掛けた多くの作品がオスカーを獲得したのもその強引な手法が一因です。

昨年、日本でも大ヒットした「TENET テネット」が、今年のアカデミー賞でほとんど話題にならないことに違和感を持つ人は少なくないと思います。

「クリストファー・ノーラン監督がオスカー用のキャンペーンではなく、観客に向けた劇場公開用のPRに資金を投入することを求めたからだと言われています」(千歳通信員)。

スピルバーグ監督と同じように劇場公開にこだわるノーラン監督の矜持(きょうじ)ということでしょう。

 

 

◇アカデミー賞データ

◆最多受賞 「ベン・ハー」(59年)「タイタニック」(97年)「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」(03年)の11部門

◆最多ノミネート 「イヴの総て」(50年)「タイタニック」(97年)「ラ・ラ・ランド」(16年)の14部門

◆最多監督賞 ジョン・フォードの4回。最多ノミネートはウィリアム・ワイラーの12回

◆最多主演男優賞 ダニエル・デイ=ルイスの3回

◆最多主演女優賞 キャサリン・ヘプバーンの4回