脚本家の内館牧子さんが昨年末、亡くなった。77歳。NHKテレビ小説「ひらり」などで知られ、女性で初めて横綱審議委員を務めたことから、スポーツ紙との距離も近かった。
内舘さんがNHK大河ドラマ「毛利元就」を担当したのは97年で、この年の初めに聞き書きの形で「今年こそ愛される上司になろう」という連載をお願いした。戦国時代を生き抜いた元就の管理術を現代のサラリーマン社会に置き換えて語ってもらおうという趣向で、三菱重工に13年半勤務した内舘さんの「上司を見る目」も加味していただいた。
大河ドラマを書くのだから当たり前かもしれないが、歴史的な考察や元就の人物像への洞察の深さには感服させられた。一方で、同席した上司と後輩との人間関係を意識しながら話す様子に三菱重工時代の「堅実な振る舞い」を連想した。
天下取りより足元を固め、分をわきまえた元就には「気品」があったという。
「自分の器や、孫の輝元の限界を認識していたからこそ上品な雰囲気があったんですね。会社でも見え透いた行為までしてのし上がろうという露骨な上昇志向ってOLにはよく見えるんです。冷ややかに見られているのを知らないのは本人だけなんですよ」
出世より足元の幸せを見る今の傾向につながる話かもしれない。領地拡大に関しても、その気配りを現代に置き換えて解説した。
「尼子氏を倒しても、その旧領の統治は毛利の家来ではなく尼子一族に任せたんです。このエピソードで、ある自動車メーカーのトップとの対談を思い出しました。インドに合弁会社を作った時、出資比率の高い日本側ではなくインド側から有能な人をトップに立てたんですね。地元の人たちのモチベーションも高まり、大成功したそうです」
幕末まで続いた毛利家の統治には、現代に通じる思考法があったということかもしれない。元就の晩成ぶりにも触れた。
「長い精進の末、世に名高い厳島の合戦に勝利して全国的に知られるようになったのは59歳の時です。今で言えば定年間近ですよ。私が初めてテレビの脚本を書いたのも40歳の時です。遅すぎると思ったし、1本の脚本でつぶれるかもしれないと不安でした。老齢年金を積み立てようかなって年ですから。ましてや当時の59歳はほとんどの人がとっくに引退している年ですよ。自分たちもまだやり直しがきくって元気になれますよね」
人生100年と言われる現代を見通すような話だった。元就の長く、つつがない生き方を、脱サラしたくてもできない会社員になぞらえた。
「格好よく会社を辞める生き方の方がもてはやされますが、会社側からのリストラに耐える姿もまた格好いいものです。いじけて仕事をしないのは問題外ですが、『ひらり』でも脱サラしたくてもできない男たちの強さを描きました」
当時の記事を読み返しながら、改めてその作品には、どれも庶民感情に寄り添う優しさがあったことを思い出した。【相原斎】



