テノール歌手秋川雅史(58)が21日放送のカンテレ「おかべろ」(土曜午後2時28分=関西地区)に出演。代表曲となった「千の風になって」の裏話について語った。
故新井満さんが作曲した同曲は、海外で追悼の際などに朗読されていた有名な詩を新井さんが訳して自ら歌った。その後、数多くの歌手がカバー。「私は全然、後なんですよ」と話した。
秋川は、2005年に発売した12曲入りのアルバムの中の1曲として同曲をカバーしたが、自分では「(売れるとは)思ってなかったですね」と回顧。
しかし、ラジオでアルバムのPRのために数曲を流したところ「『千の風になって』をかけた時だけは、必ず反響があるんですよ。これは何か力があるぞっていうことで、レコード会社のスタッフが『これはシングルにするべきだ』って」と、2006年にシングルカットして発売した。
この時はチャートで168位と手応えがなかった。それでも「スタッフの人は『絶対に地道に届けていっていたら、この曲は絶対に世の中に広がっていくから』って思っていたみたいです」と思い起こした。
転機となったのは、米同時多発テロの追悼セレモニーで朗読されていた同曲の原詩を取り上げた、NHKのドキュメンタリー番組だった。この番組から曲に注目が集まり始め、その後、秋川がNHKの番組でオーケストラをバックに同曲を歌唱したところ、翌日にはCDの注文が殺到。「これがもう、火をつけた1発目です」と振り返った。
秋川は2006年の「紅白歌合戦」に初出場。「反響はすごかった。翌日1月1日、両親を東京らしいところに連れていこうと思って、浅草の浅草寺に初詣に行った。そしたらいろんな人が『きのう、感動しました』って。だから『ジャージーでコンビニ行けないんだ』って思いました」と笑わせた。
「紅白」出場後の2007年1月には、シングルがヒットチャート1位に。「もう激務になったんですよ」と分刻みのスケジュールになり、「あの頃の自分の心境は、不安でしかなかったです。声を失ってしまうという不安。ヒットを喜べたっていう気持ちはなかったです」と述懐。
ここから、ほぼ毎日同曲を歌い続けることになったが、「先輩の歌手から言われたんですよ。『ヒット曲を持つと、絶対その曲を歌いたくなくなる時が来るよ』ってみんな口をそろえて言うんですよ。でもね、20年たって、まだ1回もその気持ちになったことがない。なんでかってね、まだこの曲がうまく歌えないんですよ、自分からすると。だからもっと歌って、もっとうまくなりたいと思うんですよね」と話していた。



