能登の被災地では今でも、誰かの助けがないと生活できない日々が続いています。娯楽が少ない状況で、スポーツをすることも難しいですが、見ることはできます。大相撲の春場所では石川県出身の大の里が頑張ってくれましたし、高校野球では日本航空石川が甲子園に出場しました。避難所でもテレビの前で盛り上がっていました。

共同生活をしていると、どうしてもお互いの嫌なところが見えてしまうこともありますが、みんなで声を出して応援すると一体感が生まれてきます。やはりスポーツには人の心を明るくする力があると思います。

11年の東日本大震災が起きた時、私は大阪の枚方で引退競走馬のイベントの打ち合わせをしていました。「あっ、揺れた?」と感じる程度でしたが、帰り道にテレビで津波の映像を見て「これは大変だ」と思いました。週末のレースもすぐに中止が決まりました。競馬は娯楽でありギャンブルです。「こんな時に賭け事はタブーだよな」という思いがありました。

ウチの厩舎からはヴィクトワールピサとルーラーシップの2頭がすでにドバイへ移動して調整していました。遠征中のスタッフも心配していましたが「そっちはそっちだから、ベストを尽くして調教してくれ」というような話をしました。

テレビからは暗いニュースばかり流れてきます。日本全体が暗くなってしまったように感じて「ウチの馬でなくてもいいから、なんとか日本の馬が勝って、日本を勇気づけられれば」と思うようになりました。

レースが近づいて私も現地へ向かいました。ドバイには海沿いにリゾートが広がっています。日本では毎日のように津波の映像を見てきただけにギャップが大きく「同じ海でも、こんなに違うのか」と別世界へ来たように感じました。そんな中で日本馬のスタッフは、みんなで日の丸のついた黒いポロシャツを着ていました。いつも以上に厩舎の枠を超えてチームとして一体化していたと思います。

ご存じの通り、ワールドCではヴィクトワールピサが勝ってくれました。「馬はこんな奇跡を起こすことができるんだ」と感激して涙が出ました。

今でも、この時期になると特に、当時の話題がよく出てきます。もちろん、忘れられないレースです。今年もドバイで日本の馬たちが活躍してくれることを能登で楽しみにしています。