子役から芸歴を積み重ねて17年。伊藤沙莉(26)は大輪の花を咲かせようとしている。今年は映画だけで実写6本、アニメ1本、日本語吹き替え1本に出演し、11月に3本の実写映画が公開。中でも「誰にも渡したくなかった」というのが主演映画「タイトル、拒絶」(山田佳奈監督)だった。女優業への思い、兄のお笑いコンビ・オズワルド伊藤俊介(31)ら最愛の家族に家を建てる計画まで、存分に思いを語った。

★役を引きずらない

テレビのチャンネルを切り替えても、映画館に足を運んでも昨今、どこかで伊藤の顔を見かける。今年は1月期のNHKアニメ「映像研には手を出すな!」で声優に初挑戦し新境地を開拓。コロナ禍で多くのドラマが放送延期となる中、放送された同局の4月期ドラマ「いいね! 光源氏くん」で演じたヒロイン沙織役でブレークした。

「王道のヒロインは、やってみたいけれど関係のない世界…諦めに近かった。やらせてくださる方がいて、やっていいんだ、出来るんだと自信になった」

エキストラ出演した「劇場」(行定勲監督)の現場で、伊藤の切り替えの早さに驚かされた。スタートの瞬間から役としてその場を生きるが、カットがかかった途端、周囲と気さくに話し素の顔を見せ、役を引きずる感じが全くしない。

「役を引きずることは、ないですね。カットがかかったら、伊藤なんで(役では)いられません。集中力が切れるのも本当に早くて、ちょっとした工事の音でセリフは飛んじゃうし。(本番に)ギュッと集中して、あぁ疲れたという感じ」

★胸こぼれそうに

11月に公開された映画3本で演じた役も多彩だ。

<1>「十二単衣を着た悪魔」(黒木瞳監督)「源氏物語」の世界に生きる倫子

<2>「ホテルローヤル」(武正晴監督)親が不倫相手と失踪して居場所がなく、雨宿りで教師とラブホテルを訪れた女子高生まりあ

<3>「タイトル、拒絶」

デリヘルに体験入店も、行為に及ぶ寸前で男性客を拒否してホテルから逃げだし、デリヘル嬢の世話係になったカノウ

「(倫子は)時代をさかのぼった女性を演じる経験は絶対、踏まなければと思っていたところに声をかけていただいた。まりあは、武さんが『寂しかったんだろうね』と、伊藤として役についての話が出来る、すてきな導き方をしてくださった。俯瞰(ふかん)で見た役を、一気に取り込む瞬間が気持ちいい」

中でも印象的なのがカノウだ。男性客の下腹部を2度蹴り、下着姿で逃げ、線路脇で「私の人生なんてクソみたい」と独白する冒頭はJR山手線沿線の東京・鶯谷で朝から撮影。ブラジャーから胸がこぼれ落ちそうなほど激しいシーンだ。

「お相手が『ガンガンやってください』と言ってくださった。私がカノウで、本当に逃げたかったら…リアルを追求するなら急所を蹴りたかった。撮影で立てなくなるとマズいので、おなかにしましたけど。カットされたけれど、助けてくれた男の方の頭をひっぱたいたり激しいシーンで、きつめのブラジャーを着けましたが(胸が出るか出ないか)ギリギリでした」

女の子たちに罵声を浴びせるデリヘル店長にかみつく終盤のシーンを演じる中で、男尊女卑と闘った女性の歴史を感じていた。

「カノウの叫びは自分の気持ちでもあるし、誰かの気持ちを代弁したいとかじゃない。やっと、女性が声を上げたり活動をし始めているけど、もうちょっと前の(時代の)女性が勇気を振り絞って闘ってくれたから伝えやすい時代にはなっている。だからこそ、こうして映画でも伝えられる」

カノウを「誰にも渡したくなかった」理由がある。

「今の時代、日本の作品は“ウサギ”の立場の人が“タヌキ”を演じることが多い。カノウは頑張ってある程度、かわいく見えるタヌキ側の人。みんな、ウサギに夢中で、タヌキになんて目もくれないし、視界に入れてもらえないことが本当に多かった。それが自分が見てきた景色だから想像力なんて必要なかった。だから、タヌキで育ってきた私がやりたいって思った」

友だちに誘われたオーディションに合格し、9歳で子役として活動を始めた。

「岸谷五朗さんのモノマネや『家なき子』の『同情するなら金をくれ』など名言を言っているだけのオーディションでした。モーニング娘。のオーディションを受けたり目指していたのは音楽で(子役は)家族が喜ぶからやっていた部分があった。『辞めたかったら辞めな』と言われたのも大きかった。お芝居が好きと気付いたのは、お仕事だと心に決めた18歳です」

★5歳上の兄が父親代わり

幼少期に父が家を出て以降、母、兄、姉、伯母と暮らした。幼稚園の保護者参観に参加したのは5歳上の兄俊介だった。兄は大学に進学も、教員免許取得前にお笑い芸人になり、14年にオズワルドを結成。昨年のM-1グランプリでは決勝に進出した。

「(兄は自分を)娘感覚で見ていて、初めて私の舞台を見た時、私が出てきた瞬間に泣いた。約4年、同居して7月に引っ越した時は『一番近くにプロがいて幸せだった』と長文を送ってきた。芸事に関しては互いにリスペクトしていて、お兄ちゃんが芸人さんで良かった」

兄が抵抗を示したのが、キスなどの性表現だった。初のヌードシーンを演じた、17年の長編初主演「獣道」(内田英治監督)公開時には見に来るよう説得した。

「私が性の部分を表現しているのが恥ずかしくて見られないみたい。でも作品の感想を、家族の中で一番、聞きたい人なので『妹としてじゃなくプロ同士の話。作品として見ていただかないと困る』と言ったら『分かっているよぉ』って」

家族が何よりも大事な伊藤には、大きな夢がある。それは実家を建てることだ。

「ゴキブリが出るような家に住んでいたことがあって、団地に引っ越した時、私は『お城だ』と言ったんです。お母さんからは『どんなにいい家に住むようになっても、ここが豪邸に見えた気持ちだけは忘れないで』と言われて育ちました。だったら本当の豪邸に住まわせてあげたい。姉夫婦に子供が生まれたら、子供が楽しめる庭があった方がいいとか、お兄ちゃんもお嫁さんとか連れてきたら泊まる時あるなぁとか、家族が、また1つのテーブルを囲む時がきて欲しいから、大きめのテーブルを…とか考えると、お金がかかってくる。おうち貯金があるから、まだまだためなきゃ」

結婚願望はないのか?

「昨年いっぱいは本当に結婚したかったし、早く家庭に収まりたかった。ずっとお仕事は楽しかったんですけど、自由に過ごせる時間がすごく楽しいから、あまり願望はないです」

楽しいと語る、女優業の今後のビジョンを聞いた。

「『忙しいんでしょう?』と聞かれるんですけど、寝てるし。3時間、寝られれば寝たと思うんで。「寝かせてください!!」って、言いたいくらい忙しいのがいい。ドーンっと売れたいとかじゃなくて、止まっていたくない。やったことない役、ジャンルの作品もたくさんあるので1歩、足を踏み入れていきたい」

伊藤沙莉は、まだまだ止まらない…走り続ける。【村上幸将】

▼「タイトル、拒絶」の山田佳奈監督(35)

「タイトル、拒絶」は主宰の「劇団・ロ字ック」の13年の舞台を映画化しました。舞台版のカノウは私がやっていたので、沙莉ちゃんも気を使って「初代カノウ」と言ってくるんですけど、私の中でカノウは伊藤沙莉。もうちょっとこうしたいというオーダーに、何ミリか寄せて的確に答えてくれる。やっていることを俯瞰し演技に結び付けられ、監督がどうしたいかをくみ取る優しさ、寄り添おうとする強さもある。すごいなと思う。

◆伊藤沙莉(いとう・さいり)

1994年(平6)5月4日、千葉県生まれ。03年の日本テレビ系「14ヶ月~妻が子供に還っていく~」でデビュー。05年の同系「女王の教室」、14年のフジテレビ系「GTO」で、いずれもいじめっ子役を演じ、注目される。19年に「タイトル、拒絶」が東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門に出品され、個人として東京ジェムストーン賞を受賞。20年はテレビでの活躍を評価され、ギャラクシー賞テレビ部門個人賞を受賞。血液型A。

◆「タイトル、拒絶」

カノウ(伊藤)はデリヘル嬢の世話に右往左往する中、1番人気のマヒル(恒松祐里)が帰ってくると一変する空気に自分との違いを感じていた。ある日、若いモデル体形の女が入店し、店内の人間関係が崩壊する。

(2020年11月15日本紙掲載)