就任丸1年がたつヴィッセル神戸のトルステン・フィンク監督(52)が現在、苦しんでいる。

一時はJ2降格も危ぶまれた神戸の監督に、昨年8月に途中就任。着任後は10勝3分け7敗とし、8位でJ1残留を成し遂げた。同12月から今年2月まで、公式戦では破竹の8連勝。その間の天皇杯ではクラブ初のタイトルを獲得。今季の富士ゼロックス・スーパー杯でも優勝した。クラブの歴史上、NO・1の英雄監督になった。

その神戸が今季、第15節を終えた時点で4勝7分け5敗の11位に低迷。逆転負けを喫した9月9日の川崎フロンターレ戦後、ドイツ人指揮官は、選手層の薄さを嘆いた。何とか先発11人をピッチに送り出しているが、スーパーサブなど明らかに駒不足。ここ2試合は2人しか交代させていない。5人の交代枠を使い切る采配が主流になった今季のJリーグで、苦しい台所事情が際立つ。

神戸はここ最近、故障者が相次いでいる。MFイニエスタはJ1で5試合連続欠場中で、DFフェルマーレン、大崎、MF郷家、FW田中、ドウグラスもいない。Jリーグが新型コロナウイルスの影響で前例のない超過密日程になり、その影響もおそらく受けたのだろう。故障者が増え、選手層の薄さを直撃。今季に臨むにあたり、監督主導の下、少数精鋭の27選手でスタートしたのが“凶”と出た形だ。

フィンク監督は、いわゆる“モチベーター型”の指導者だ。日本、ベルギー、スペイン、ブラジルといった多国籍の選手を率い、「違う文化や言語を持つ選手が集まるチームだけに、一体感を大切にしている」という身上から、選手との対話を尊ぶ。会話により、選手のやる気を引き出すのが非常にうまい。

8月の取材では、こんな哲学を紹介してくれた。

「選手には重圧を与えるだけではなく、関係性が大切になる。監督も選手をリスペクトしないと、選手は頑張れない。その要素がそろえば本当に強いチームになる。神戸の選手とは、時間をかけて関係性を強くしたい」

バイエルン・ミュンヘンでの現役時代、当時のヒッツフェルト監督から人心掌握術を学び、経験則を積み上げてきた。そういった信頼性を土台に、自分たちでボールを支配し、攻撃的に戦う神戸のサッカーが定着したのが、昨年12月以降だった。

一方で記者の立場で気になっていたのが、選手の起用について。今夏のJ1再開後、これだけ過密日程なのに、イニエスタやDF酒井、MF山口にほぼ休養を与えてこなかった。

現在欠場中の試合をのぞけば、イニエスタは10試合で休養は1試合だけ。酒井と山口は再開後、全15試合に出場と、ほぼフル稼働している。「替えが効かない選手」という言葉は聞こえはいいが、主力の体がパンクしないか不安視していた。

だが、イニエスタら多くの故障者や疲労度の濃い選手が出たことで、8月23日の浦和レッズ戦で転機は訪れた。先発を大量10人も変更。監督就任後、これだけ大胆な選手起用は初めて。そして2-1で勝った。

それまで出場機会が少なかったDF初瀬、MF安井、佐々木、FW小田ら若手を重用する分岐点になった。慎重派の監督が、開き直りに近い感覚を持ったのかもしれない。若手に重きを置いた起用は今も続く。

現在、監督と記者とのオンライン取材は週に2度ほど開かれる。最近は欠場が多いイニエスタの状況を聞かれることが多い。「故障者情報はクラブとして外に出さない」と言いつつ、最低限のコメントはする。監督の誠実さは、選手だけではなく記者へも伝わる。

神戸はルヴァン杯も敗退し、J1リーグ戦の逆転優勝も厳しくなった。現時点で最大の目標になった11月のACL再開に向けて、今は若手ら戦力の拡充にあてる時期だ。9日の川崎F戦後、監督は「主力がいない中で頑張っている彼(若手)らに託すしかない。学ぶことによって成長してくれる」と本音を明かした。

ちなみに2連覇が懸かった今季の天皇杯に出場するには、J1で2位以内が条件。最近は悪循環が続く神戸だが「ハードワークを続ければ、運はやってくる」と、フィンク監督は気持ちを切り替える。

指揮官の功績は、誰もが認めている。若手の伸び次第ではJ1で2位に滑り込むのも不可能ではない。クラブ、サポーターも、とにかく今は我慢の時。この監督抜きに、天皇杯の優勝はなかったのだから。【横田和幸】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「サッカー現場発」)

◆横田和幸(よこた・かずゆき)1968年(昭43)2月24日、大阪府生まれ。91年日刊スポーツ入社。96年アトランタ五輪、98年サッカーW杯フランス大会など取材。広島、G大阪などJリーグを中心にスポーツ全般を担当。