浦和DF槙野智章(29)がプロデビューの地で、初心に戻っての再起を誓った。チームは15日のアウェーG大阪戦後、18日のアウェー広島戦に備え、埼玉に戻らずそのまま広島入り。16日はコカ・コーラウエスト広島スタジアムで軽めの調整を行った。

 槙野は「懐かしいですね」と一瞬遠い目をした。このスタジアムから1・2キロ、太田川放水路をはさんだ対岸にある、広島市立庚午中学校の出身。子供のころは、コカ・コーラウエスト広島スタジアムで開催される県レベルの大会への出場を目指して、懸命にボールを蹴っていた。

 そして槙野にとって、同スタジアムはプロデビューの地でもある。06年4月26日、ナビスコ杯千葉戦で、広島所属の18歳は公式戦初出場を先発で果たした。

 「当時は06年ドイツW杯に出場する日本代表の選考レースが佳境に入っていました。広島の佐藤寿人さんと、千葉の巻誠一郎さんが、FWの当落線上と言われていた。だから『オレが巻を止めて、寿人さんをW杯に送り出しますよ』みたいなことを言って、試合に臨んだのを覚えています」

 しかし、ふたを開けると前半だけで4失点。うち2点を巻に決められてしまった。槙野は「さすがに小野監督が激怒して、ハーフタイムで交代カードを一気に3枚切りました。寿人さんも交代させられてしまった」と苦笑いで振り返る。

 ◇   ◇

この試合のこと、そしてプロデビュー戦だった槙野のことを、巻も実はよく覚えていた。

 「彼らはワールドユースで調子乗り世代と呼ばれることになったんですよね。だから当時から、元気がいいヤツがいるというのはみんな知っていました。おお、あの若い選手が出てきたよ、と試合前にみんなで話したのを覚えています」

 巻は3バックの一角に入った槙野と、マッチアップする形になっていた。

 「プレーの印象も強いですよ。いい意味でも、悪い意味でもアグレッシブでしたから(笑い)。寿人さんのためにという話を聞いて、10年たった今になってすごく納得しました。ただこっちも、そのアグレッシブさを逆手に取るようなプレーができて、点を取れたのも覚えています。あの年はW杯まで、僕はとにかく点を取りまくれていましたからね」。

 巻は前半だけでお役御免となった。キャリアの差を見せつけられ、これでシュンとなるのが並の若手だ。しかし槙野は違ったと、巻は振り返る。

 「しょげるどころか、後半はさらにアグレッシブにプレーしていました。その勢いもあって、広島は3点を取り返してきた。今度はオシムさんが激怒する番ですよね(笑い)。あの後半で槙野くんはきっと、プロでやれるっていう手応えをつかめたんじゃないですかね」。

 ◇   ◇

 肌身で感じたプロの厳しさ。自分への手応え。90分で課題と収穫をいっぺんに得たデビュー戦の地に、この日槙野は浦和の一員として戻ってきた。

 リーグ戦2連敗。4試合連続無得点。先月までACLで、広州恒大やFCソウルといったアジア屈指の強豪に互角以上の戦いをみせていたチームは一転、大スランプに陥っている。

 「もう1度、自分たちを見つめ直さないといけない」と槙野は言った。

 「先月までの戦いを振り返っても、うちが目指しているサッカーは間違っていない。いい時と比べて、何ができていて、何ができていないのか。この遠征中に、選手同士で話し合う機会を持ってもいいのかなと思っています」

 そういって、原点回帰の必要性を強調した。そう語ったのが、槙野の原点であるコカ・コーラウエスト広島スタジアムだったというのは、縁を感じさせる。

 「大宮とのダービーも、単なるリーグ戦1試合以上のものがあると言われますが、僕にとってはこの広島戦も同じです。育ててくれたクラブ相手に、家族や古い友人が見守る前で戦う。しかも相手は、過去4年で3回リーグ優勝している強敵です。こういう試合で勝てれば、今の難しい流れを一気に変えることもできるかもしれない。僕はそう思っています」

 ひときわ強い言葉で、取材対応を締めくくった。第1ステージ優勝が難しくなっても、年間優勝のためには早々に本来のリズムを取り戻さなければならない。槙野が「原点」から、巻き返しを始める。【塩畑大輔】