元Jリーグ・サンフレッチェ広島総監督の今西和男(いまにし・かずお)さんが16日、肺炎のため広島市内の病院で亡くなった。85歳だった。森保一(57=日本代表監督)、高木琢也(58=J1長崎監督)、横内昭展(58=J2山形監督)、片野坂知宏(54=J3熊本監督)ら人材を輩出したその眼力、育成力は超一流だった。(敬称略)
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今西さんは広島市中心部を流れる太田川沿いを、40~50分かけて散歩するのが日課だった。70歳を超えて、腰の手術で一時、歩行もできない時期があった。近年は体力が落ちないよう運動を心がけていたが、亡くなる数日前に体調が悪化したという。
広島時代の今西さんは「総監督」の肩書で経営、強化、特に人材育成に取り組んだ。その中から巣立った多くは今、日本の先頭に立つ指導者へと成長している。
森保とともに90年代の広島、日本代表を引っ張った「アジアの大砲」こと高木は昨季、長崎を指揮してJ1昇格へと導いた。選手時代同様、こつこつと実績を積む。以前、今西さんは「高木君はスピード、技術と優れたタイプではなかったが、努力を重ね、日本代表になった。私がかかわった中で、最もびっくりした選手」と振り返っていた。
森保の右腕として日本代表コーチを経験し、今はJ2山形を指揮する横内には「彼の将来を考えた時、引退する前から指導者にさせたいと考えていた」と、28歳で引退勧告。そして、本当に指導者として花が開いた。
現在はJ3熊本を指揮する片野坂は、鹿児島実から明大の推薦入試に落ちたことで、今西さんが勧誘。「彼は負けず嫌い。大学を落ちた以上、Jリーグでやりたいと言ってくれた。その反骨心が、大成できた理由」と語っていた。
それ以外にも、U-17日本代表の指揮も経験した森山佳郎(58=J2仙台監督)、Jリーグ通算700試合以上を指揮する小林伸二(65=J3長野監督)、川崎Fで黄金時代への土台を作った風間八宏(64=関東1部南葛)ら、そうそうたる顔ぶれだ。
もちろん、森保への期待も大きかった。22年W杯カタール大会へ臨む際、今西さんはこう激励していた。
「今や日本のW杯出場は当たり前になった。これからは本大会で成績を出さないと、マスコミも取り上げてくれない。野球以上に国民に認められるには、結果は大事。彼ほどサッカーが好きで熱心な子はいなかった。ぜひ、監督でも成功を収めてください。応援しています」
今西さんに育てられた指導者たちが、さらに日本を高みへと押し上げる。【横田和幸】
◆今西和男(いまにし・かずお)1941年(昭16)1月12日、広島市生まれ。広島市立舟入高、東京教育大(現筑波大)を経て、63年に広島の前身東洋工業(後にマツダ)にDFで入団、日本代表に。マツダ時代は監督も務め、オフト監督を招聘(しょうへい)するなどGM職の先駆け的存在にも。Jリーグ発足後は総監督、日本協会強化副委員長など歴任。02年広島のJ2降格で総監督辞任。



