【キムタクさんを悼む】骨折しても「バレると試合に出れません」根性と優しさの人だった

2010年の4月7日、巨人のコーチを務めていた木村拓也さんが亡くなりました。思い出してもらうこと。忘れないでいてもらうこと。番記者の役目です。(2010年4月8日掲載。所属、年齢などは当時)

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高原寿夫


骨が折れてもプレーするのは阪神金本だけではない。木村拓也も同じだった。広島時代、「バレると試合に出れません」と、かかとの疲労骨折を押し、出場を続けた。そんな根性の持ち主だったが、人には優しかった。広島市民球場の前でお年寄りがクルマに接触して転倒したとき、ベンツから飛び降りて救護に走ったこともあった。

00年秋。私事で恐縮だが妻が急死し、広島担当を離れることになった。お世話になったマンションの隣家は長男がカープファン。ささやかなお礼に「だれでもいいからサインをもらってあげる」と言うと「キムタクがいい」だった。

本人に書いてもらった証しでサインを書く木村拓との2ショット写真も撮った。「なんだかややこしいね」と笑ったが、事情を知っており、こちらが納得するまで協力してくれた。

思いやりのつまった小さな体で全力プレー。巨人に同時期に移籍した同い年の谷佳知は「拓也がいなければボクは巨人ではダメだった」と言った。だれもが同じ思いを持つ男。よき人から先に逝くのは本当か。