【潜入】雄星、大谷、朗希、麟太郞…「怪物特区」の岩手 完全男の母が秘密を明かした
「なぜ岩手から」。岩手県出身のエンゼルス大谷翔平投手、ロッテ佐々木朗希投手が日米の野球ファンをわかせてます。ブルージェイズ菊池雄星投手、高校野球では花巻東・佐々木麟太郞内野手も。続々大物が誕生する「なぜ」を探ります。(2019年6月27日掲載。所属、年齢などは当時)
傑作選
金子真仁
マリナーズ菊池雄星投手(28=盛岡市出身)にエンゼルス大谷翔平投手(24=奥州市出身)そして大船渡3年・佐々木朗希投手(17=陸前高田市出身)。なぜ岩手県は突然、続々と日本を代表する大物投手を輩出し始めたのか。半年間、佐々木関連の取材を進めるうちに1つの仮説が浮かんだ。甲子園への道のりも決まった佐々木の、岩手のヒミツに潜入する。
早寝の文化が浸透 朗希は午後8時
早寝する子は育つ-。そんな説が岩手県の、特に教育界に口コミでじわじわ広まったのは約10年前。菊池、大谷、佐々木が登場するタイミングと重なる。
佐々木を指導する大船渡・国保陽平監督(32)も「22時と23時半に成長ホルモンが多く出ると、教員になってからうわさで聞きました」と証言する。
発信源の1人が斎藤重信氏(72)とされる。大船渡や盛岡商で高校サッカーを指導し、全国区の強豪に育てた名将が「疲労回復のために」と早寝を推奨。
そこに学説が重なった。陸前高田市の保育士が、ある女性に「子どもの背を伸ばしたいなら21時には寝かせないと」とアドバイスしたのも、この頃だった。
助言を実行に移したその女性こそが、佐々木の母陽子さんだ。21時に朗希少年ら兄弟たちを寝かせるため、連日20時過ぎには就寝の準備。
当時、小学生の間では土曜21時のテレビドラマ「怪物くん」が人気を博したが、佐々木は夢の中。しっかり睡眠をとり続け、17歳で190センチの長身に。
その快速球で“令和の怪物”と呼ばれるほどに成長した。
成長ホルモン分泌を促進
早寝と高身長に因果関係はあるのか。寝具の老舗・西川株式会社の日本睡眠科学研究所に見解を尋ねた。
「成長ホルモンには骨や筋肉を作る働きがあり、その分泌は就寝後2~3時間程度でピークに達します。成長ホルモン分泌を抑制するホルモン(コルチゾール)は早朝3時ごろから分泌され始め、遅寝だと両者が重なります。早寝だと成長ホルモンが抑制されにくくなると考えられ、成長ホルモン分泌が盛んな思春期前後までは、特に影響は大きいと思われます」
17年2月、当時日本ハムのエンゼルス大谷も早寝生活を明かした。マリナーズ菊池に佐々木を合わせた3人の出現に「なぜ岩手から続々と怪物級投手が?」が叫ばれて久しい。
早寝をはじめ、多要素が複合的に絡んだ結果なのだろう。野球界が興味津々のナゾ解きは、この夏再び佐々木が投じるかもしれない160キロとともに、ますます盛り上がりそうだ。
早起きランキング1位 睡眠時間4位
総務省統計局の「平成28年社会生活基本調査」によると、岩手県は睡眠時間ランキングで全国4位(平均睡眠時間7時間54分)。夜更かしランキングで同45位(平均就寝時刻22時43分)で、早起きランキングでは同1位(平均起床時刻6時17分)に立っている。
なぜ早寝早起きか。県土の広さも関係する。岩手県は北海道に次いで全国2位の面積を持ち、四国4県に迫るほど広大。山岳・丘陵地帯も多く、移動距離・時間が長くなる。特に大船渡や宮古などの沿岸都市は、東北新幹線や東北自動車道が走る内陸に出るだけでも1時間半~2時間かかる。
グラウンドの関係で遠征の練習試合が多い大船渡野球部は早朝5時に集合、出発することも。木下大洋外野手(3年)は「週末になると自然と4時に目が覚めます」と笑った。今春以降も仙台、秋田など片道3時間超の遠征をこなした。
移動手段はバス。保護者たちも、よく自家用車で遠征の応援に訪れている。決して強制でなく「子どもたちについていろいろな場所に来られて、ついでにみんなで名物を食べたりしていますよ」(部員の父親)とむしろ楽しんでいる。
早起きが必要だから、早く寝る。広い岩手県ならではの生活スタイルだ。
明治維新に敗北 南部藩の気概
岩手県からの相次ぐ剛腕高校生輩出に、県歴史研究の第一人者・藤井茂氏(70=新渡戸基金理事長)は「岩手県はいろいろと遅いんです」と切り出した。
明治維新で敗れた南部藩(盛岡市など現在の岩手県北側と、青森県東部)の若者は、軍人や外交官、教育者の道を選んだ。
「貧しい県なので絵画、芸術、音楽、スポーツ…こういう遊興には向かわない。進もうとも思っても望めない、そういう環境があったように思えます」。農作物に恵まれた隣の秋田とは異なり、土地がやせていたのだ。
「貧しいけれど勉強しろ。勉強で薩摩・長州に勝つんだ。これが絶対に南部の根底にあると思います」。敗戦世代の子息たちが、高い志で上京。原敬、新渡戸稲造、田中舘愛橘(タナカダテ アイキツ=※)…刺激し合いながらこつこつと学び、大正以降に花開かせていったのだという。
(※)日本の物理学の礎を作った研究者。日本式ローマ字の考案者でもあり、普及にも努めた。
堅実な県民性。藤井氏の研究によると、上京した青年たちもほとんどが、早寝早起きの規則正しい律義な生活をしていたという。例外は石川啄木。「啄木だけはいろいろ遊んで、東京人の生活に染まっていた印象があります」と笑う。
食べることに一生懸命だった時代。「だから岩手はいろいろなことに10年、20年遅い環境だった」と藤井氏。岩手の高校野球界も「やっと若く研究熱心な指導者が増え始めた」という声が多い。
藤井氏は「これからもっとすごい人物が出てくるのでは」と期待している。岩手独自のスピード感で大物が育まれる。
矢野新一氏(70=県民性研究者)「優しくてまじめで、少し引っ込み思案なのが県民性。ただ内陸(菊池、大谷)と沿岸(佐々木)では元来の考え方は違うし、岩手の場合は旧南部藩(菊池)と旧伊達藩(大谷、佐々木)でも全く違う。3人を1つのグループにするのは正しくないかも」
岩手県高校サッカー指導の名将・斎藤重信氏 私が子どもの頃は夜8時半に寝てました。すきま風で家に雪が入る。寒いし、寝るのが一番なんです(笑い)。起きるのは5時。父や祖父は5時から散歩していました。早寝早起きはバイオリズムにいい。物事の効率も良くなる。
大船渡・国保陽平監督 「菊池雄星投手の花巻東が甲子園で準優勝したり、女子サッカーの岩清水選手が活躍したり、岩手の子どもたちの意識が変わったのは間違いなくあると思います。頑張ればこういう風になれるんだと」