西郷輝彦さん追悼 「御三家」「四天王」昭和のエネルギーや自由な発想、懐の深さを感じるくくり

【番記者裏話】スクープや芸能界の最新情報を求めて現場を駆け回る芸能記者が、取材を通じて感じた思いをつづります。とっておきの裏話を明かすことも…。

番記者裏話

笹森文彦


歌手で俳優の西郷輝彦さんが2月20日に、前立腺がんのため亡くなった。75歳だった。1960年代後半に、橋幸夫(78)舟木一夫(77)と「御三家」として一世を風靡(ふうび)した。ご冥福を祈りたい。

ところで芸能界には昔から「御三家」「3羽がらす」「3人娘」「○○トリオ」など、「3」で人気者をくくる呼称が多い。日本人は昔から「3」という数字が好きらしく、理由は陰陽思想にあるのだそうだ。奇数を陽数として尊び、偶数は陰数として嫌うという。

確かに「三三九度」や「七五三」といったおめでたい儀式は奇数。ひな祭り(3月3日)や端午の節句(5月5日)七夕(7月7日)、そして重陽の節句(9月9日)もそうである。

「3」に限ると、「石の上にも3年」「三度目の正直」「早起きは三文の徳」「三日坊主」「三人寄れば文殊の知恵」「三種の神器」などなどことわざなどにも多く登場する。「日本三景」(松島、天橋立、宮島)「三名園」(兼六園、後楽園、偕楽園)など、優れた景色や庭園、城などもそうである。詳しくは省略するが「3」は、とても縁起のいい数字なのだそうだ。

「御三家」のもともとの意味は、ご存じのように、徳川御三家に由来する。尾張、紀州、水戸の3家をいい、別格の家柄として最高の待遇を受けた。そこから転じて「ある分野で有力な3人」を意味するようになった。テレビが急速に普及し、続々と全国区の人気者が登場した。西郷さんら3人が大活躍し「御三家」と表現が生まれた。

歌謡界にはこれ以外に「3羽がらす」や「3人男」「3人娘」という呼び方もあった。「3羽がらす」の代表は三橋美智也、村田英雄、春日八郎。「ロカビリー3人男」と言えば山下敬二郎、ミッキー・カーチス、平尾昌晃である。「3人娘」は美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみだった。

以後、「スパーク3人娘」(伊東ゆかり、中尾ミエ、園まり)「新御三家」(西城秀樹、野口五郎、郷ひろみ)「新3人娘」(南沙織、小柳ルミ子、天地真理)「花の中3トリオ」(森昌子、桜田淳子、山口百恵)など、続々と登場した。もちろん、みな正式なグループではないが、相乗効果で人気者となった。

1964年、”夢の共演”が実現した、左から西郷輝彦さん、舟木一夫、橋幸夫、三田明

1964年、”夢の共演”が実現した、左から西郷輝彦さん、舟木一夫、橋幸夫、三田明

ちなみに「四天王」というくくりもある。御三家に三田明(74)を加えてこう呼ばれた。「ものまね四天王」(清水アキラ、ビジーフォー、コロッケ、栗田貫一)というのもある。「四天王」とは仏教の4人の守護神(持国天、増長天、広目天、多聞天)のことを言う。そこから「ある部門や弟子、部下などの中で、最も優れている者4人」をいう呼称となった。

最近の芸能界では聞かれなくなった。昭和という時代のエネルギーや自由な発想、懐の深さを感じるくくりである。