吉本芸人が動画で自己紹介! カベポスター、もし10年後も「伝説の一日」が行われるなら

総勢6000人にも及ぶ所属タレント、芸人を抱える吉本興業。日刊スポーツ・プレミアムでは、毎週木曜日を「吉本の日」とし、企画インタビューを掲載。売り出し中の芸人には約3分の自己PR動画も同時アップ。時にはネタを入れ「こんだけおもろいで!」とアピールしてもらいます。ytv漫才新人賞で優勝したカベポスター。2人が夢描く舞台とは・・・。

おもろいで!吉本芸人

取材・構成=三宅敏

群雄割拠のお笑い界。若い漫才コンビたちが明日のスターを夢見て、必死に競い合う。笑いの本場、関西では多くの賞レースがあり、競走は激化。その中で1歩抜け出したのが、コンビ結成9年目のカベポスター。3月にytv漫才新人賞で優勝した。長身でメガネの永見大吾(32)と、どこか懐かしい昭和顔の浜田順平(34)。念願の初タイトルを得た旬な2人に、いまの胸の内を尋ねてみた。

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ついに初タイトルを奪取した。3月20日に開催されたytv漫才新人賞。これまでABCお笑いグランプリでは2度の準優勝に泣き、Mー1グランプリでも2年連続で準決勝止まりだった。ふだんはクールな印象の永見と浜田も、優勝を決めた瞬間は、顔をくしゃくしゃにして喜びを表した。

この時のカベポスターを間近で見ていたファンからは後日「登場した時、手が震えていた」と伝えられた。優勝トロフィーに届くかどうか、ぎりぎりの闘い。2年前にytv漫才新人賞の本戦に出場した際は浜田が極度に緊張していた。今回は逆に永見が「観客の声を聞く余裕もなかった」と震えているのを見て、浜田は落ち着けたという。

浜田 それまで何度も悔しい思いをしていた分、優勝できて心の底からうれしかったですよ。記者会見が終わって、控室に戻ったら、ついさっきまで優勝を争っていたフースーヤの谷口理(おさむ=28)がポツンと残っていて、自分のことのように喜んでくれた。いつもかわいがっていた後輩だから、余計にうれしかったですね。

興奮はその場では収まらず、2人で打ち上げを行った。向かった先は大阪・心斎橋のステーキ店。しゃべって、笑って、食べまくった。支払額は、4万8000円。酒は飲まず、コーラとジンジャーエールだけだった。

浜田 この際だから値段は気にせず、好きなものを食べようと、注文しました。まあ、肉は「うま過ぎ」だったし、米も漬物もみそ汁も、全部おいしかった。実は店に入ってからメニューを見たら、想像していたより2倍くらい高かったので、谷口を店に待たせたまま、近くのコンビニに行って、ATMで現金を引き出してきました。

一方の永見は深夜もテレビの仕事があった。朝4時まで収録があり、その後も早朝から生放送。

永見 優勝したご褒美で豪華なホテルを取ってもらったんですが、寝る時間もなかった。チェックアウト前ぎりぎりに部屋に戻って、ちょこっとベッドで横になっただけです。ゆっくりできず、もったいなかったですね。でも、優勝したことで周囲の先輩や仲間から「おめでとう」と祝福されて、気分がポジティブになれました。それまでは飲むのは発泡酒専門だったんですが、優勝してからは奮発してビールを飲むようになりました。せっかくの機会ですので(趣味の)ウクレレを買い替えようかと思案中です。

ytv漫才新人賞の優勝賞金は100万円。若手芸人にとっては大金だけに、生活面でも変化があったようだ。

浜田 以前はコンビニで買い物する時も「500円まで」と自分で決めていたんですが、それも取っ払いました。一度に1000円でも、1500円でも使うようになりました。

カベポスターの永見大吾(左)と浜田順平(2022年4月撮影)

カベポスターの永見大吾(左)と浜田順平(2022年4月撮影)

4月2、3日には吉本興業創業110周年特別公演「伝説の一日」が開催され、ダウンタウンが本拠地なんばグランド花月(NGK)で31年ぶりに漫才を披露したと話題になった。

両日のNGKには、明石家さんま、西川きよし、桂文枝、間寛平らお笑い界の人気スターが大挙出演したが、コンビ結成9年目のカベポスターがNGKの舞台に立つことはなかった。賞を取ったとはいえ、生存競争の厳しい世界においては、まだまだ若手コンビのひとつにすぎないのだ。

そう。吉本興業が100周年にわいた10年前は、まだ誕生していなかったコンビだ。10年前は-。

永見は三重大工学部の学生で、コンピューターの言語プログラミングを研究していた。「楽しそうだった」と参加した放送サークルではVTRを撮影し、NHK放送コンテストに応募したりしていた。留年を経て5年かけて大学を卒業し、お笑い芸人になりたいと家族に告げた。

永見 さすがに親はびっくりしたようです。でも、気持ちをわかってくれて、許してくれました。心強かったですね。

一方の浜田は大阪市立大法学部を卒業後、誰もが知る自動車メーカーに勤務していた。しかし、毎日の仕事に心身が疲れ切ってしまい、サラリーマン生活2年目で退職を決意。アルバイト生活を経て、26歳でお笑い養成学校のNSCに入学した。

浜田 一時は教師になる夢も見たんですが、結局お笑いの道へ。NSC(吉本総合芸能学院)に入って周りを見ると、20歳前後の自分より若い人が多かったけれど、逆に60歳、70歳の人もいた。お笑いを志望したきっかけは、テレビでMー1グランプリを見たことでした。あんなかっこいい舞台がある。あの舞台に自分が立って、そのうえで優勝できたらどんなにすごいことかと。身を削る思いをして会社員を続けるくらいなら「好きなことをやってみよう」と決断しました。

すべての漫才コンビが目指す、といっても過言ではないのがMー1グランプリ。当然、その熱い思いは永見にもある。

永見 小さいころから、ずっと見てました。あの場で認めてもらうことが、芸人として認めてもらうことだと思ってます。今年のMー1グランプリについては、どんなネタで勝負しようとか、まだ考えていないので、すべてはこれからになりますが。

カベポスターの永見大吾(左)と浜田順平(2022年4月撮影)

カベポスターの永見大吾(左)と浜田順平(2022年4月撮影)

カベポスターの漫才といえば、最初に永見が「確かにお前の言う通り‥」と切り出す独自のツカミがある。それが個性。自分たちのスタイルを探し、いくつものパターンを試行錯誤したうえで、今のスタイルにたどりついたという。

漫才の口調としてはハイテンポにならず、ゆったりとしたしゃべくりは「昭和っぽい」とも言われる。

永見 「確かにお前の言う通り」という今のパターンは、3年ほど前から始めました。カベポスターのことをご存じのお客さんの前ならいいんですが、まだまだ知らない人もたくさんおられるので、広く知られるようになりたいですね。

浜田 見た目が「昭和顔」と呼ばれることもあるので、どうせなら衣装も髪形も昭和感を出して、自分たちの色にしようかと。

サラリーマンを辞めた直後は、日常の変化を求めてピアスを開けたこともあった浜田だが、今では30代の若手芸人にしては「落ち着き」「風格」すら感じさせる。

逆に永見は「周囲が昭和感などと言っても意識することなく、あくまでも自分たちらしいネタを見せたい」とマイペースを崩さない。

ならば今から10年後。もし吉本興業創業120周年特別公演「伝説の一日」が行われるとしたら-。

浜田 10年たっても、カベポスターとして漫才していたいですね。もし「伝説の一日」がまた行われるのなら、今度はぜひ自分たちも舞台に立っていたい。

永見 10年後は、とにかく忙しく仕事をしていたいですね。(仕事の幅が広がって)もしかしたら漫才をする機会は少なくなっているかもしれません。そうなったとしても、ネタは作り続けたいですし、ネタ番組には出ていたいです。

「草食系ロジカル漫才」とはABCお笑いグランプリで付けられたキャッチフレーズ。派手さや爆発力には欠けるものの、ゆったりとしたテンポのしゃべくりで、しっかりと笑わせてくれる。その分、笑わせる相手に世代を選ばない。

1年、2年という単位でなく、もっと長い時間をかけて上方漫才の王道を一歩ずつ着実に歩む。そんな期待を抱かせるカベポスターだ。

◆カベポスター 立ち位置が左の永見大吾(ながみ・だいご)は1989年(平元)12月19日、三重県名張市生まれ。身長185センチ。趣味はダーツ。特技は大喜利。立ち位置が右の浜田順平(はまだ・じゅんぺい)は87年4月28日、大阪市生まれ。身長173センチ。趣味は競馬予想とメジャーリーグ中継観戦。ともにNSC36期生。14年5月にコンビ結成。