新喜劇を動画PR 演劇育ちの佐藤太一郎が追求「笑えて泣けて元気になれる舞台」

総勢6000人にも及ぶ所属タレント、芸人を抱える吉本興業。日刊スポーツ・プレミアムでは、毎週木曜日を「吉本の日」とし、企画インタビューを掲載。今回登場するのは佐藤太一郎。「応援せんかったら・・・」動画でも新喜劇を全力でアピールします。

おもろいで!吉本芸人

取材=三宅敏、カメラ・動画=前田充

「大阪の宝」吉本新喜劇は、座員100人を超す大所帯。多数の役者がしのぎを削る中で、佐藤太一郎(44)はお笑い出身ではなく、演劇育ちという異色の存在。10代の頃から「将来はプロの役者になる」と志願し、劇団を経て27歳で新喜劇に入団した。新喜劇出演と並行して芝居のプロデュース、映画やテレビなどの外部出演と、幅広く活動する。演劇と新喜劇の違い、舞台へかける熱い気持ちを聞いた。

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今春、吉本新喜劇のゼネラルマネジャー(GM)に就任した間寛平(72)からの電話は、すでに10回を数えるという。もちろん、内容は新喜劇を盛り上げるための助言であり、太一郎への激励。ゴールデンウイーク後半(5月6~8日)には、寛平GM肝いりのセカンドシアター新喜劇にリーダーとして参加し、公演を引っ張った。

太一郎 寛平師匠がGMとなられて以来、新喜劇は横一線からのスタートとなりました。電話ではいつも「頑張れよ。やりたいことをやれ」と励ましてもらっています。もともとGMの奥様が僕のことをご存じで「新喜劇にええ子がいてるよ」と伝えてくださったようです。セカンドシアター公演が始まるにあたって「小西武蔵(41=新喜劇の後輩)と組んでやりたいんです」とGMには思いをぶつけました。

小学生の頃にテレビで見て、夢中になった。笑って、泣いて、元気になれる新喜劇が大好きだ。旧知の大崎知仁作、小西とのコンビでセカンドシアターは好評を得ることができた。

太一郎 おかげさまで、自分の作りたい芝居をやりきったという手ごたえをつかめました。残念ながら寛平師匠は、都合で公演に来られなかったのですが、ビデオで見ていただきました。「これからも周囲に忖度(そんたく)したり、萎縮することなく、自分のやりたいものに挑戦していけ!」と言葉をかけてもらいました。いつも新喜劇のことを真剣に考えておられる寛平GMですから、心からうれしく思います。

新喜劇入団は27歳のとき。高校で演劇に打ち込み、卒業後は母親の反対を押し切ってプロの役者になる夢を追いかけ、東京で専門学校に通った。そして劇団ランニングシアターダッシュの公演を見て胸を打たれ、入団。同劇団は大阪が本拠地だったため、関西に戻ることになった。

太一郎 公演には感動したんですが、まさか大阪の劇団だとは知りませんでした(笑い)。劇団員として張り切って毎日を過ごしましたが、正直おカネにはなりません。他の劇団に客演として出ることができれば、多少なりとも出演料をいただけたので、声をかけてもらいやすい悪役の研究を必死でしました。しんどいことも楽しいこともあった劇団ですが、解散。ちょうどそのタイミング(05年)で、吉本新喜劇のオーディションが行われたのはラッキーでした。

オーディション(第1個目金の卵)では書類選考、面接、演技、合宿とふるいにかけられ、見事合格。同期入団には松浦真也(45)吉田裕(43)前田真希(42)森田展義(46)太田芳伸(40)がいる。以前から吉本新喜劇が大好きではあったが、いざ入団してみると驚きの連続だった。

太一郎 それまでは劇団で芝居を学んできたので、新喜劇といっても野球とソフトボールぐらいの違いだと思っていたら、とんでもない。まるで別物なんです。野球とサッカーぐらいにルールも何もかも違っているんです。たとえば劇団では、公演本番に向けて何カ月もけいこします。けいこでは全力で取り組み、お互い真剣勝負。練習でできないことは本番ではできない、という考えです。ところが、新喜劇の公演は基本1週間で、けいこは開幕前日の実質1日のみ。僕は何も知らず「(けいこを)本気でするな!」と叱られました。

劇団で求められるのは、台本に沿った再現力。演出、音響、照明と役者が一体となって、ひとつの舞台をつくりあげる。一方、新喜劇では「周囲の空気を感じろ。フィーリングをつかめ」と教えられました。出演者それぞれが定番ギャグを持ち、予定外のアドリブも起こり得る。

太一郎 作り込みすぎると、周囲から浮いてしまうんです。劇団の場合は観客を別世界に引き込むように演技するのですが、新喜劇は正反対。テレビを見るような感じで舞台を楽しむんですね。日常と舞台がフラットな関係なんです。最初の頃、新喜劇のけいこで末成映薫さん(75)を人質に取るというシチュエーションがあって、そのけいこ中に「これ、私服や!」と大声で叱られました。役に入り込むあまり、僕は無意識のうちに強く洋服をつかんでいたんです。

とはいえ、劇団での経験はマイナスばかりではない。発声練習で鍛えた低音は太く、劇場によく響く。その特徴ある声に、目をつけたのが、座長すっちー(50)。やくざ役などでドスの利いた声ですごんでみせる太一郎に、声マネで続くすっちーとの掛け合いは劇場でも大受け。

このネタが生まれたきっかけは楽屋での偶然からだった。ある日、いつもどおり太一郎が楽屋に入り、あいさつすると、すっちーが目ざとく反応。すかさず声マネすると、楽屋内は大爆笑となった。しかも予告もないまま舞台で、すっちーがネタにした。座長の狙いどおり客席が沸いた。新たないじられ役誕生の瞬間だった。

役者・佐藤太一郎はお笑いの枠を超え、映画やテレビドラマでも活躍している。「ありがとうモンスター」(かなた狼監督、今年公開予定)では映画初主演を射止めた。演じるのは繊細すぎるゆえ、すべてを受け止め、自分の意思を失った男。この役のために3カ月かけて16キロ減量した(64キロ→48キロ)。1日3食から、サラダとささみのみの2食とし、さらに1食へ。最後の1週間はゼリーのみで耐えた。

太一郎 新喜劇の中でも「演技ができる奴」「芝居がうまい」と認められたら本望です。自分がプロデュースする舞台公演を継続して行っていて、そこに映画やテレビの関係者が来てくださるんです。舞台を見て「太一郎、いいじゃないか」と出演オファーをかけてくれるのは本当にありがたいです。

NHK連続テレビ小説「おちょやん」「まんぷく」「わろてんか」「マッサン」にも出演した。さらには大作映画に出演、国際派スターに飛躍するチャンスもつかんだ。「レッドクリフ」「ミッション・インポッシブル2」などで知られる巨匠ジョン・ウー監督の「マンハント」(18年)のオーディションにパスし、出演することが決まった。

太一郎 主演は福山雅治さんですよ。このチャンスを逃してなるまいか、と新喜劇のスケジュールを2カ月空けてもらったんです。撮影は大阪であったんですが、何日待っても連絡が来ない。聞けば脚本を書きながら撮影を進めているという話でした。

仕事を空けてもらった2カ月も残りわずかとなり、やっと声がかかった。

太一郎 現場に行ったら「急に脚本が変更になった」と出番が大幅にカット。撮影は1日だけで終了。最初の話では結構いい役だったんですが、実際にはワンシーンのみでした。おまけに「マスクとヘルメットを着用しろ」と顔が見えない状態。公開されてから、その映画を見に行ったんですが、たったひとつの僕のシーンはきれいさっぱりカットされてました(笑)

泣くに泣けない実話ではあるが、外部出演にはなおも意欲的。新喜劇だけには収まらない演技力を武器に、今後も他流試合を求めていく。

太一郎 個人としては、連続テレビ小説や大河ドラマにも挑戦したい。あこがれは藤井隆さん。でも、新喜劇にも全力を尽くしますよ。せっかく寛平GMが道を切り開いてくださったので、セカンドシアター新喜劇をもっと盛り上げたい。笑えて、泣けて、元気になれる、そんな舞台をこれからもつくりたいんです。

◆佐藤太一郎(さとう・たいちろう)

1978年(昭53)2月25日、大阪・堺生まれ。狭山高校時代から演劇に熱中し、大阪府高等学校演劇研究大会で個人演技賞を受賞。東京アナウンス学院を経て、劇団ランニングシアターダッシュ入団。05年、金の卵オーディオションに合格し吉本新喜劇入り。ギョロ目が特徴。すっちー座長との掛け合いが人気に。小西武蔵とのコンビ「人間ごっこ」で昨年はMー1グランプリに挑戦した(2回戦進出)。身長175センチ。