「ラ・リーガ・インプルソ」と聞いてピンとくる方は多くないかもしれません。今スペインのフットボール界で話題になっているこの言葉はリーガのテバス会長による肝いりプロジェクトとして知られ、まさにインプルソの意味である“衝動“そのものです。

CVCキャピタルパートナーズという投資会社に、様々な権利によって得られる収入の一部分配を約束し、その代わりに最大21億ユーロ(約2657億円)を受け取る構図です。リーガはレアル、バルセロナ、ビルバオ、オビエド以外の各クラブに0%の金利で40年間資金を供与し、その見返りとして、CVCは今後50年間、ラ・リーガの利益の10%を手にするという内容です(当初反対していたオビエドはその後賛成に)。各クラブはこのプロジェクトで受け取る財源の70%をインフラなどの事業に充てることができ、最大15%を選手獲得に、残りの15%を財務的負債の再構築に利用することができると言われています。ポイントになるのは各クラブがどのようにこの資金を運用するかという部分にはなってきますが、この資金が大きく影響を及ぼすチームに今回は焦点を当ててみたいと思います。

そのチームはバレンシア州に本拠地を置く、バレンシアです。初代会長がコインを投げてチーム創設を決めたという逸話があり、1919年に創設されました。2000年代前半の大躍進をご記憶の方も多いでしょう。このクラブの持つメスタージャスタジアムは2009-10シーズンから新スタジアムに移転する予定で建設までされていました。現在のスタジアムは、1923年に建てられ、その後増築により55,000人を収容するようになりましたが、老朽化もありバレンシア郊外に75,000人収容のノウ・メスタージャ(最新の・現代的なメスタージャという意味)を建設する計画が進んでいました。2007年8月に着工し、2009年に完成予定でしたが、融資元の地元の銀行が買収されるなど資金調達が上手くいかなくなり、さらに政治的な事情が重なるなどし、2009年2月に作業は完全に中断。そのまま10年近くほったらかしの状態でした。当然立ち入りは禁止でしたが、郊外ということもあり、恐怖感を感じるほどの廃墟のような佇まいに。巨大な不良債権になるところでした。

しかし、これがここにきて急展開を見せています。「ラ・リーガ・インプルソ」のCVCによる資金調達を背景に2022年10月に工事を再開し、2024年に完成するというプランを発表。屋根にソーラーパネルを配備するなど、SDGsも取り入れ、さらにレアル・マドリードのサンティアゴ・ベルナベウなども取り入れている「試合がない日でも売り上げを生み出す施策」ということでレストランやレジャー施設をも配備する予定のようです。バレンシア以外にも、昨シーズンまで久保選手が所属していたマジョルカもスタジアムを改築中。こちらは陸上競技場からフットボールスタジアムへの変貌で、設計はレアル・ソシエダのスタジアムに関わった人物との話もあり、2000万ユーロ(本日のレートで28億円)近くの費用がかかっているとの報道もあります。当然このような多額な資金を持ち得るクラブではないのですが、これを可能にしているのは行政のバックアップと「ラ・リーガ・インプルソ」による資金調達です。

スペインの多くのスタジアムは1982年に行われたW杯で一度メンテナンスされています。しかし気がつけばそこからもう40年が経過。今回2030年のW杯開催にポルトガルと共催という形で正式に立候補しましたが、国をあげてのサポートとリーガの資金調達をバックに変貌しようとしています。

資金確保から設備投資を行い、新たなプロダクトを生み出して売り上げを獲得していくという経済活動の動き。この「ラ・リーガ・インプルソ」は非常に大きな意味を成すのではないでしょうか。注目すべきはこの計画に巻き込まれることを望まなかったレアル・マドリー、バルサ、ビルバオの判断がどんなことを引き起こすのか、引き続き注視していきたいと思います。【酒井浩之】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「フットボール金融論」