森を豊かにすることで社会も元気になる-。そんなことを考えながら独特な活動をしているサッカークラブが、神奈川県伊勢原市にある。その名も「伊勢原FCフォレスト」。森や山に囲まれた人口約10万人の街に2019年4月、一場哲宏さん(48)が一念発起し、自らのクラブを立ち上げた。小学生と中学生年代、総勢約150人が在籍する。

伊勢原FCフォレストの代表「てっちゃん」こと一場哲宏さん
伊勢原FCフォレストの代表「てっちゃん」こと一場哲宏さん

■伊勢原で活動するフォレスト

日差しが暖かく感じられる3月のある日、練習にお邪魔した。小学校低学年の子どもたちが集まってくるなり、次々と「てっちゃん、こんにちは!」。

てっちゃん?

「子どももスタッフも、みんな私を『てっちゃん』って呼びます」。代表の一場さんはそう言って笑った。ならば、こちらも「てっちゃん」で話を進めたい。

「フォレスト」の響きがいい。イングランドにノッティンガム・フォレストという伝統クラブがある。国立自然保護区のシャーウッドの森がチーム名の由来となっている。伊勢原の場合も、西に国定公園に指定される大山(標高1252メートル)を望む豊かな自然環境に恵まれている。フォレストという名前がぴったりだ。ただ、その背景には環境への強い問題意識があった。

てっちゃんは以前、湘南ベルマーレのコーチとして近隣の各市町村の小学校や保育園を周り、サッカーの訪問授業を行っていた。そこで地域情報を掲載したフリーペーパーを配っている時に、環境問題について考えさせられた。

「小田原の漁港でブリが取れなくなったそうです。ブリが育つよう、海をきれいな海するにはどうすればいいのか? 森をまず、きれいにしようという『ブリの森プロジェクト』というのがあることを知りました。森を整備すればミネラルの多い、栄養分のある水が川を流れて海に注ぐ。森には木を植えることが大事だと思っていたけど、そうじゃなく、場合によっては木をどんどん間引いて間伐をしていかないといけない。それが頭にあって。間引いた木を使って何かできないだろうか? と考えた時に、木造のサッカースタジアムをつくればいいじゃないかと思いました。スタジアムをつくることで木の循環をつくろうと。日本の国土の7割は森林だし、名前もフォレストにしようと」

てっちゃんは千葉県出身。高校時代からサッカーの指導者になろうと決めていた。日本体育大学在学中、交換留学生制度でドイツのケルン体育大学に進学した。1年の留学が終わると、さらに聴講生となって3年通った。その間、ケルンの街クラブで5、6歳児のチームの監督を務めた。いったん帰国して日体大を卒業後、英国のロンドンでも2年、日本人向けの幼稚園で活動。国内では湘南ベルマーレなど、さまざまなクラブに携わったキッズ指導のスペシャリストである。

伊勢原FCフォレストの練習風景。子どもたちが主体的に取り組んでいた
伊勢原FCフォレストの練習風景。子どもたちが主体的に取り組んでいた

■木造スタジアムをつくる夢

再び森林の話に戻ろう。てっちゃんの描くでっかい夢は、小田急伊勢原駅前に木造のスタジアムをつくることだという。ところどころに木を使ったスタジアムと言えば、国立競技場があるが、てっちゃんが思い描くのは、木造の建物の中庭にサッカー場があるというもの。その建物には商業施設や温泉、幼稚園、保育園、老人ホームがある。

「アイデアとして何それ? ってなるじゃないですか、でも裏にあるものを聞いていくと、林業を復活させることが日本を元気にすることにつながる。森が間引かれることで太陽の光が地表に届き、微生物が育って、命の循環がそこでできて、木の根っこも地中まで深くなっていくと土台もしっかりする。保水能力も高まるし、水がろ過される。それが今なっていない状況だから、台風やゲリラ豪雨で木が倒される。倒れた木が川に流され土砂崩れとなり、人の命を奪うこともある。そして森を元気にすることは漁業にもつながる。そういう環境教育みたいなものを子どもたちに伝える中で、チーム名にフォレストが入っていれば何かの気付きになります」

国産木材の有効活用で地元を元気に、そして未来へ続く持続可能な社会の実現に思いをはせるフォレストは、伊勢原市の魅力を発信する「いせはらシティプロモーション」の公認サポーターであり、森林組合との関わりも強くしている。より良い未来へ、その主役となっていくのは、いつの時代にあっても子どもたちだ。だからクラブの指導理念も「子どもが主役」。ここからは環境問題から離れ、サッカーの話をしよう。

子どもたちは自らのテーマを白板に貼って練習に取り組む
子どもたちは自らのテーマを白板に貼って練習に取り組む

■自分で考えて行動できる選手

フォレストの子どもたちは練習を前に、自ら紙に書いたテーマをボードに貼り、グラウンドへと入っていく。平日の限られた1時間ほどの練習。日替わりキャプテンを中心に、子どもが自らお互いに声を掛け合い、鬼ごっこに始まり、さまざまなメニューを自分たちで選択しながら取り組んでいた。一方で気持ちの乗らない子は、グラウンドの脇で別のコーチを相手にボールを蹴っている。全体練習から外れていても誰も気にしない。てっちゃんは笑顔で周囲を見守り、時に声をかえて気分を盛り上げる。練習の最後に子どもたちが輪をつくり、それぞれの良かった点を挙げた。

指導する上で最も意識していることは何か? てっちゃんに問うと、こう教えてくれた。

「この練習の場所は子どもたちのものであって、子どもたちの時間であって、子どもたちのサッカーで、子どもたちがサッカーを通して成長していく場なので、それを邪魔しない」

もちろん子どもたちに必要な練習メニューは与えている。その中から何を選択し、どうアレンジしていくか。端から優しく見守りながら、行き詰まれば、そっと助け舟を出している。無理強いすることもなければ、否定することもない。

「フォレストのキャッチフレーズは『自分で考えて行動できるようになる選手を育成する』。もちろん子どもたちは目先のことを考えますけど、僕たちコーチ陣、大人はそうじゃなくて、目指しているところはずーっと先。10年後、20年後に立派な社会人になってほしい。そのためにサッカーを通して今があるんです」

練習後に円をつくり、仲間の良かった点を言い合う
練習後に円をつくり、仲間の良かった点を言い合う

■ドイツで学んだ「ドアをノック」

てっちゃんのバックボーンには、学生時代のドイツでの経験が生きている。

「一番は『自分の人生は自分で切り開くものだ』というのを知った。ドイツ人って個性を大事にする。例えば僕が黙っていると「テツは黙っていたい人なのね」って、黙っていることが大切にされる。『どうしたの?』『困ったことあったの?』じゃなくて『あなたは黙っていたい人なのね』って。日本と全然違う。だから自分が行動を起こせば『テツはアクションを起こしたい人なのね』って認識されて手伝ってくれる。なので何も言葉を発しないし、何も行動しないと何も起こらない、っていう世界を体験しました。これは本当に自分でアクションを起こさないと物事は何も進まないんだなと。聖書の言葉にも『叩けよさらば開かれん』というのがあるくらい。ドアをノックすれば開くけど、ドアをノックしなければ絶対に開かない。どんどん自分でノックして、ドアが開いたら、また次のステージへ行ってドアをノックする。日本に帰ったらサッカーを通して、こういうことを伝えたいと思いました」

フォレストカップの様子。子どもたちで運営する
フォレストカップの様子。子どもたちで運営する

■子どもたちが運営する独自大会

クラブが主催する「フォレスト・カップ」という小学3~6年生の交流大会がある。各学年ごとに、子どもたちが運営する珍しい取り組みだ。賛同するチームが集まり、開会式から試合進行、審判、試合結果の管理、閉会式まで。極め付きは、ハーフタイムに両チームの合同ミーティングを行い、それぞれの良かったところを意見交換する。「敵」ではなく、お互いを高め合う仲間という意識を持たせる狙いだ。コーチら大人はコートの一角に集まり、試合を見守るだけで口出しはしない。2回目となった今年1月~2月の大会は一部、中止となったものの、コロナ禍にあって子どもたちが元気な声を響かせた。

「うまくいかないですから基本、それがいいんです。開会式の司会進行とかたどたどしいし、タイムスケジュール通り試合も運ばない。星取表も普通に間違えます。『さっき僕たちのチーム勝ったんですけど』『えっ!』って。審判をやったらミスジャッジもするし、オフサイドも取れない。それで文句を言われるわけですよ。でもその経験が良くって。審判って大変なんだなって分かるじゃないですか。あとは自分が大会に行った時にいろいろなサポートをしてくれる人がいて、初めてサッカーの試合ができるんだということも分かると、それこそ感謝の気持ちにつながるし、相手の立場で考えることもできる。人間として幅が出ます」

サッカーは1人ではできない。仲間もいるし、相手もいる。試合となれば協力してゴールを目指し、その行く手を阻む相手もいる。そこで考え、問題解決に取り組むことが成長につながる。まさに社会の縮図であり、それらを楽しみながら学べることこそ、スポーツの持つ特性だろう。

サッカー×環境問題。地球温暖化は、われら地球市民にとっては喫緊の課題である。二酸化炭素ら温室効果ガスを吸収する森林の環境保全を考えることは、持続可能な未来への一歩になる。サッカーを通したフォレストの思いが、少しずつ形になることを期待している。【佐藤隆志】(ニッカンスポーツコム/サッカーコラム「サカバカ日誌」)

フォレストカップで審判を務める子どもたち
フォレストカップで審判を務める子どもたち