今年も新たなサッカーシーズンが到来し、天皇杯の東京都予選を兼ねた東京都社会人サッカー選手権(東京カップ)2次戦が行われている。快晴の2月26日、駒沢第二球技場へ足を運んだ。1回戦、関東1部リーグ所属のTOKYO UNITED FC(東京U)-東京都1部のFCエコ・プラン戦では、高校サッカーのヒーローを見つけた。東京UのMF野田武瑠(たける、20)だった。
■山梨学院10番背負うエース
野田は2年前に山梨学院FWとしてエースナンバーの10を託され、第99回全国高校選手権に出場。21年1月11日の決勝で、青森山田を相手に後半に同点ゴールを奪い、延長戦からのPK戦を制し、日本一に輝いた。日本高校選抜にも選出されるなど、世代のトップクラスにいた選手だ。
多くの日本代表選手を輩出してきた名門・順天堂大に進学し、将来を嘱望された有力選手だった。だが、気が付けば大学サッカーの舞台から姿を消していた。その野田の姿がこの日のピッチにあった。
格上の東京Uが地力の違いを見せつけ5-0と快勝した試合で、野田は後半15分すぎから途中出場した。33番という大きな数字を背負い、中盤に投入された。身長175センチほどだが、すらりとした体形でピッチ上ではサイズ以上に大きく見える。
ピッチに入るや名刺代わりに、細かなダブルタッチで複数選手のアプローチをかいくぐり、DFラインの背後へヒョイとボールを浮かせて送ってみせた。創造性豊かなプレーを披露した。
その後、FWへ位置を変えると絶好の得点機もあった。ゴール前へ走り込み、パスを受けたがワンタッチ目が大きくなり、GKにブロックされた。その後、飛び出してきたGKの頭上を抜く浮き球シュートも見せたが、相手選手にクリアされた。
試合終了間際にはペナルティーエリア目前で後方から倒され、FKも獲得。自らゴールを狙ったが、シュートは枠を外れた。結果的にノーゴールだったが、その存在感の大きさは伝わった。
■順大でジャイアントキリング
重ねて言うが、野田は「将来を嘱望された」選手だった。高校日本一という実績を持って鳴り物入りで順大に進み、選手層が厚いチームにあって1年生からトップチームの公式戦にも絡んだ。
21年の天皇杯。順大は1回戦を勝ち上がり、2回戦でFC東京と対戦した。ベンチ入りした野田は後半14分から出場し、延長戦を経て試合終了までプレー。2-1のスコアでJ1の強豪を破る「ジャイアントキリング」を成し遂げた。
続く3回戦のザスパクサツ群馬戦には先発出場を果たし、後半8分までプレー。試合は順大が2点をリードし、2試合連続でJクラブ撃破は目前という中、後半アディショナルタイムに追いつかれ、延長戦の末に2-3と敗れている。FC東京に続くJクラブ撃破とはならなかったが、注目された2試合で出場記録を残した。
関東大学1部リーグにも6試合(先発4試合、0得点1アシスト)出場している。シーズン終盤にかけて出場機会を増やし、1試合使えば次はベンチから外し、その次でまた使われるという規則性があった。そこには指導陣の配慮さえ見て取れる。
フィジカルをとことん鍛え上げて戦う大学サッカーは、高校サッカーとはインテンシティーの強度がまったく違う。そういう観点からも、線の細い印象がある野田は将来を見据え、大事に育成されていたようだ。指導陣の期待の大きさがうかがいしれる。だが、その21年シーズンを最後にこつぜんと表舞台から消えた。
空白の22年。その野田の情報が再び表に出たのは昨年10月30日、東京Uへの加入発表だった。
「山梨学院高校を日本一に導いた激闘から2年。一度は消えかけたサッカーに対する灯火(ともしび)をもう一度燃え盛らせるべく、我々東京ユナイテッドFCは全力でサポートしてまいります」
リリースされたコメントは意味深長なものだった。何があったのか気になった。関係者によると、大学サッカーとは水が合わず、退部してしまったとのことだった。大学では、良くも悪くも求められるプレーが白黒というように、はっきり分別された。遊び心を大事にするファンタジスタにはそれが息苦しかったようだ。サッカーを心から楽しめなくなり、情熱の火は消えた。
だが周囲は放っておかなかった。順大出身のメンバーが「逸材がいます」とチームに売り込み、練習に連れてきた。消えていた火は再び「灯火」となり、つながった。
本人は今、どういう思いなのだろうか。今季初戦を終えたばかりの野田に声をかけ、ここに至る経緯や心境について聞いた。
■「自分の選択肢を広げたい」
-大学の部活動をやめたのはいつ? それからどうしていましたか?
「(昨年の)2月とか。(退部してから)半年強、サッカーは何もやっていなかったです。いろいろとほかのこと、ビジネス系のこととか。変わらす大学には行っているんですけど、インターン(※企業による学生のための職業体験)とかやらせてもらいました」
-もう1回サッカーをやりたいとなったきっかけは何ですか?
「まずは(東京U所属の)新関君が大学の(3年上の)先輩なんですけど、声をかけてもらって。『おまえもったいないから、もう1回やってみたら? すごく楽しいよ』っていう感じで。最初は別にやらなくていいかなと思ったんですけど、1回練習に参加してみたら、先輩もみんな優しくて。レベル的にも楽しめる環境だなと思ったので入らせてもらいました」
-大学でサッカーをやって、合わないなと思った?
「そうですね、何か他のことにもチャレンジしてみたいなと思いました」
-他のことにチャレンジしたい、そういう思いはもともと強かった?
「そうです。ここならいろんな仕事しながらやっている人がいますし、自分も大学に通いながらとか、インターンしながらでもできるので」
-インターンって具体的にどういうことをやってました?
「AI(人工知能)ですね。IT系のセールスをやらせてもらって」
-サッカーよりもビジネスの世界で成功したいという思いの方が強い?
「いろんな選択肢を広げたいなと思っています。モデルのミスターコン(コンテスト)とかに出たり、インターンもやっていたり。自分の選択肢を広げたいなという考えでいろいろやっています」
-山梨学院で日本一になったこともあり、周りも含めて大学で経験を積んでプロを目指すだろという見方をされていたと思います。実際にプロを目指していたのでは?
「プロへの魅力というのは、前より薄れてきているのは感じています。なりたいなというより、入ったらどういうメリットがあるんだろうって? 自分の生活にどれだけのものが。サッカー選手って寿命が短いじゃないですか。そういうところも考えたりとか。私生活とか、より自分が成長できるためにプロサッカー選手ってどうなのかな、って。いろいろと考える時期はありました」
■「自分の価値観が変わった」
-実際に半年間インターンで働いてみて、何か得られたものってありましたか?
「ありました。サッカーとはまったく(違うもの)。自分はサッカーしかやってこなかったので、正直言ったら。(別の世界で)大人の方と話したりとか、インプットを増やすことで自分の価値観が段々変わってきました。それは感じています」
-サッカーもやりつつ、インターンも続けながら、そういうところで自分の選択肢を増やしていく。あと2年、大学生活もありますけどどうしたいですか?
「大学では教員の免許も取れるので。免許、資格というのは取っといて、そこも選択肢を広げておいて。自分に何が合っているのかというのを、いろんな経験してから決めたいなと思っています」
-サッカーでは今のところプロという考えはない?
「そうです。プロを目指しているというよりは、このチームのためになればいいかなと思っています。JFL(日本フットボールリーグ)を目指して。その先に何か自分がやるメリットになるのがあれば、プロというのも考えますし。何事も全部、中途半端になるんじゃなくて、自分のできる範囲で全力でやりたいという考えです」
-高校時代からそういう考えでした? サッカー以外にも自分には何か可能性があるんだという思いがあったとか?
「いえ、高校時代は本当にもうサッカー一筋で『絶対にプロになる!』みたいな感じだったんですけど、大学でなんか暇な時間とか増えて、自分のことを考える時に周りに大人も増えてきて、そういう人の話を聞いているうちに自分の考えが変わってきました」
意外な回答の連続。だが、しっかりと未来を見据え、地に足が着いた発言ばかりだった。
過去にも「早くJリーガーをやめたかった」と、自らの意思で契約を更新せずに社会人になった人物に会ったこともあるが、野田もまたサッカーには拘泥していない。これだけの実績を持ちながら、若くしてこういう視座を持てるのは珍しいだろう。
■関東リーグで5得点5アシスト
人生はまさに七転び八起き。誰しも壁にぶち当たり、挫折感を覚える。打ちのめされてもそこから立ち上がり、また歩んでいくしかない。生きることとは、その連続だ。
野田のこの2年について、はた目には挫折と見えるかもしれないが、むしろ本人にとっては逆だろう。自らに起きた出来事を昇華し、視点を変えながら前進している。何より今を楽しみ、未来への希望に胸を膨らませている。その姿に好感を抱いた。
サッカーを楽しむという初心を取り戻したのだろう。「チームメートにも良くしてもらっていますし。環境的にも自分に合っています」。
そして今年の目標を尋ねると、「個人としては関東リーグで5得点5アシスト、チームとしてはJFL昇格」という力強い答えが返ってきた。
持ち味とする「遊び心」のあるプレーが出てくれば、チームのいい味付けになるのでは? そう水を向けると「今日はちゃらんぽらんなプレーだったので、もっとマジメにやりたいです」と冗談を交えながら、「まだ全然自分の持っているものは出せていません。ゴールに関わるプレーを見てほしいです」と矜持(きょうじ)も含ませた。
思い描いていたものとは、違ったレールを走っている。それでも人生のリスタートは上々のようだ。
春の息吹を感じさせる陽光の中、野田の表情はすこぶる明るかった。【佐藤隆志】