翻訳アプリの発展には目を見張るものがある。スマートフォンを介して、普通に日本語で話した言葉が、さまざまな国の言葉に言い換えられ、その逆も可能になる。

 幼少期にアニメ「ドラえもん」を見て、時代を行き来できる「タイムマシン」や、世界中どこにでも一瞬で行くことができる「どこでもドア」と同様に、夢のような道具と思っていた「ほんやくコンニャク」と同じような効果だ。一昔前までは、ただの空想の世界の話と思われていたが、現実になりつつある。外国人観光客が増え、3年後には東京五輪を控える日本では、翻訳アプリはさらに需要が増えるだろう。

 では、サッカー界にも大勢いる通訳の人は、将来的に仕事がなくなってしまうのかといえば、それは違うと思う。少なくとも私が担当しているチームでは、通訳といっても、本当に外国人選手や監督らの通訳だけをしている人はいない。練習ではスタッフの一員として、グラウンドを駆けずり回って選手をサポート。チームのムードメーカーになっている人もいる。多くの仕事は将来、機械やロボットに取って代わられるとも言われている。だが単純に頭脳と体力という、まったく正反対の役割をこなすだけでも、人間以外には容易に代役が務まるものではない。

 サッカーの知識はもちろん、どんな歴史のある国で育ち、どんな経験をしてきたか、その外国人選手や監督らの性格も理解していなければ、通訳として務まらない。ちょうど6月27日に、マケドニア代表として出場したU-21欧州選手権を終えて、横浜F・マリノスに再合流したばかりのMFダビド・バブンスキーを取材した際も、松崎裕通訳は、本人の深層心理まで理解して訳していた。

 マケドニアは、旧ユーゴスラビアを構成していた1つの国。その国が初めて、U-21欧州選手権の本大会までコマを進め、スペインやポルトガルといった、サッカーとしても国家としても歴史のある国と対戦した。結果は1分け2敗で1次リーグ敗退。だが、開口一番で本人の思いをくみ取りながら「マケドニア代表として、歴史のある国、レベルの高いチームと戦えたのは、非常にいい経験になりました。次の世代に向けて扉を開けることができました」と、負けて悔しいという心理があることも分かった上で、それ以上に充実感があったことを訳した。

 旧ユーゴスラビアは、1990年代に内戦が続いた。サッカーをすることもできなかった世代が身近にいた、バブンスキーのバックボーンを知っているからこそ、スペインやポルトガルと肩を並べるところまで、たどり着いた誇りが、すべてを上回っていると分かって訳したのだろう。後から訳した「結果は残念でした」という言葉の方が、実は本人は先に話していた。普段から「またバブンスキーの長い話に付き合わされましたよ」と言いつつ、深い信頼関係がある。23歳の若者の思いを伝えたいという親心のような部分こそが、ロボットにはできない、通訳がいなくてはならない理由だろう。【高田文太】


 ◆高田文太(たかだ・ぶんた)1975年(昭50)10月22日、東京都生まれ。99年入社。写真部、東北総局、スポーツ部、広告事業部を経て、今年4月から12年ぶりにサッカーを担当。J1横浜、柏、J2湘南、千葉などを担当。社内では1、2を争う大食いと自負している。