プロレスラーの武藤敬司が以前、教えてくれたことがあった。

 どうしてラリアットをやらないのか、と質問をしたら「ラリアットは誰でもやるじゃん。俺はさ、誰もやらないことをしたいんだよ」と、シンプルに答えてくれた。

 確かに、武藤敬司のプロレス技は非常に個性的だ。ドラゴンスクリューにしたって、武藤敬司にしかできない華やかさがあったし、必殺技のシャイニング・ウィザードに至っては、要は膝蹴りなんだが、武藤敬司がやると、試合のクライマックスにふさわしいスペシャル感が出て、誰もがその一瞬、マットにくぎ付けになった。

天山広吉(左)へシャイニング・ウィザードを放つ武藤敬司(2013年1月4日)
天山広吉(左)へシャイニング・ウィザードを放つ武藤敬司(2013年1月4日)

 あやうくプロレスの話になりそうになってしまったが、つまり、そんな必殺の技を日本のサッカー選手も持つ時代になってきたのではないか。ワールドカップ(W杯)ロシア大会では、世界の超一流が、個性の塊のプレーを見せてくれた。

 アルゼンチンのリオネル・メッシ(31=バルセロナ)が、ナイジェリア戦で見せたスーパートラップは、その時だけスローモーションになったかのように、ボールが左太ももにピタリと吸い付いたようだった。左ももでパスの勢いを完全に吸収し、そのままボールを地面に落とさず、左足の甲でそっと触れてからピッチに転がした。弾ませてしまってはミートが難しくなる。絶対に外せない場面だ。流れを大事に、利き足ではない右足で確信を持ってシュートを打てるように、究極のボール処理を披露した。

 そして、そのアルゼンチンと対戦したクロアチアのルカ・モドリッチ(32=Rマドリード)は、ボックスの外からDFと1対1を重心の移動だけで巧みに外し、最後は右足でゴールの右ポストを外側から巻くように、鮮やかに射抜いている。これも相手DFと正対してから、マークをほんのわずかズラすことでシュートコースをつくり出し、そこを正確に通すゴールにつなげている。

日本対ベルギー 後半、ミドルシュートで2点目のゴールを決める乾貴士(撮影・PIKO)
日本対ベルギー 後半、ミドルシュートで2点目のゴールを決める乾貴士(撮影・PIKO)

 日本代表でもFW乾貴士(30=ベティス)の右足ミドルは、世界の一流と競演しても、なんら遜色のない見事な技術だった。セネガル戦、ベルギー戦、ともに右足でゴール右端へ正確に決めている。中でもベルギー戦では、クルトワからゴールを奪ったところにその価値がある。ひとつのシュートスタイルを確立していることが良く分かる。パワー頼みではなく、ゴールに対して一定の角度に入れば、かなりの確率で右端へ打ち抜く技術があるということを、世界に印象づけた。

 その選手ならではの必殺技を、これからのJリーグ、大学サッカー、高校サッカーで、どんどんトライしてほしい。それがロングフィードでも、高速クロスでも、チームメートとのダイレクトタッチのパス交換でも、何でもいい。特徴のある選手が、その武器を磨いてファンの前で輝いてもらいたい。

 武藤敬司の言葉を聞いて、すぐに思い出した選手がいた。中村俊輔は実は無回転キックが非常にうまいという話を聞いたことがある。練習後のFKの練習中に、遊び感覚で無回転を蹴る様子を見ていた友人が、その魔術にかかったかのように揺れて落ちる軌道に感心して、なぜ試合で蹴らないのかと聞いた。すると中村はこう答えたという。「無回転は蹴ってしまえばどこに飛ぶかは分からない。俺はイメージしたコースに、自分の技術で蹴ってゴールしたいんだ」。

居残りでFK練習に励む磐田MF中村
居残りでFK練習に励む磐田MF中村

 そのプレーに確固たる根拠を持ち、その根拠を支えるだけの練習を重ね、その選手にしかできないオリジナルのプレーを見せてほしい。これからJリーグは秋へ向けてより激しい戦いになっていく。真剣勝負の中にこそ、日ごろ練習を積んで身に着けた技術が生きてくる。ハッと息をのむ瞬間を誰が見せてくれるのか。W杯で見たスーパープレーの残像が漂う中で、それらを打ち消すほどの個性的なプレーが待ち遠しい。【井上真】