昨年8月に日本サッカー協会(JFA)の殿堂入りした元日本代表の井原正巳さん(58)が19日、千葉市内で殿堂掲額レリーフ盾贈呈式に出席した。

昨年9月の掲額式典時は、韓国K2リーグ水原三星ブルーウィングスのコーチを務めていたため、半年後にレリーフを受けとった。「私はサッカーを始めて約半世紀経ちますけれども、多くの指導者の方々やチームメートと、そして家族、またサポーターの皆さん、またメディアの皆さんに支えられて、この殿堂という栄誉をいただけたと思っています」と感謝を伝えた。

さらに「私ももうすぐ還暦を迎えますが、まだまだサッカーに対する情熱は衰えていません。この栄誉に恥じぬように日本のサッカー発展のために少しでも貢献できるようにし精いっぱい精進しています」と語った。

筑波大時代に日本代表に初選出された井原さんは、デビューからレギュラーとして活躍し、1997年には日本代表史上初めて国際Aマッチ100試合出場を達成した。最終的に122キャップまで積み上げ、12年に遠藤保仁に抜かれるまで歴代1位の記録を残した。

日本が初出場した98年のワールドカップ(W杯)フランス大会では主将としてプレー。「アジアの壁」と呼ばれた。

クラブでは、90年に日産自動車サッカー部(現、横浜F・マリノス)に入部すると、同年に日本リーグの新人王を獲得。Jリーグ発足の93年から97年まで5年連続でJリーグベストイレブンに選出された。95年にはAFCアジア年間最優秀選手(MVP)賞を受賞するなど輝かしいキャリアを誇る。ジュビロ磐田、浦和レッズを渡り歩き、02年限りで第一線を退いた。現役引退後は指導者の道に進み、09年に柏レイソルのヘッドコーチに。シーズン途中に代行監督も務めた。15年からアビスパ福岡の監督に就任。18年に柏にコーチ復帰すると、23年からは監督となった。24年限りで退任すると、25年夏には韓国K2リーグ水原三星ブルーウィングスのコーチに就任していた。