サッカーの元日本代表で現役引退を表明したMF藤本淳吾(38)が12日、都内で引退会見を行った。12月27日に、今季限りで現役を引退すると発表していた。
清水エスパルスでプロになり、名古屋グランパス、横浜F・マリノス、ガンバ大阪と、日本のビッグクラブでプレーしてきた。
多くのレジェンドから学んだ。これについては、次のように語った。
「伸二さん(小野伸二)と清水で初めて一緒にやった時は、楽しそうにボール蹴っているのを見て、本当に楽しそうにやっているので、一生懸命やりながらも、自分もあれくらい楽しめるように自分の気持ちをもっていくというのは、25、26(歳)だったんですけど、大事だなと思いましたね。
名古屋ではトウさん(田中マルクス闘莉王)、タマさん(玉田圭司)、ナラさん(楢崎正剛)、監督にはピクシー(ドラガン・ストイコビッチ)がいて、何事にも動じず、自分たちを貫く、自分を信じてやっていくことを学びました。
マリノスではシュンさん(中村俊輔)、ボンバー(中沢佑二)が、あれだけの選手がつねにサッカーのことを考えて生活しているからトップレベルで長くプレーできると肌で感じたので、まねしようと思いましたね。
遠藤さん(遠藤保仁)は、本当に普段もプレー中も変わらず、のほほんとした雰囲気でも、その中でも仕事をしちゃうんで、メンタルの重要性を感じました。
それ以外にも偉大な人たちはいっぱいいるんで、本当にいいメンバーと一緒にサッカーができたな、って。そこは自分の誇りじゃないですけど、幸せだったと思います」
桐光学園(神奈川)から筑波大から清水エスパルス入りし、06年にJリーグの新人王に輝いた。
名古屋グランパスに移籍し、その後、下部組織で育ててもらった横浜F・マリノス、ガンバ大阪-京都サンガでもプレー。相模原でも奮闘した。
清水で10年、名古屋で11年にJリーグのベストイレブンに選出された。J1通算は328試合54得点。
日本代表でも国際Aマッチ通算13試合1得点。11年アジア杯のメンバーとして、日本の優勝にも貢献した。
左足からの正確なキックが武器で、その魅力的なプレーぶり、フランクな人柄も含め「ジュンゴ」と、多くの人から慕われた。



