神戸を悲願のリーグ優勝に導いたFW大迫勇也(33)が鹿児島城西時代、「大迫、半端ないって」のフレーズが大流行した。全国高校選手権で対戦した滝川二(兵庫)の選手から生まれ、あれから約15年。当時滝川二の監督だった栫(かこい)裕保さん(63)が、半端ないエピソードを明かした。

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「大迫、半端ないって」が生まれたのは09年1月5日、全国高校選手権準々決勝の横浜市三ツ沢球技場だった。栫さんが大迫に会ったのは、この時が最初で最後になる。

「あれから1回も大迫君とは会ってないけど、私から見たら(この15年間は)長距離恋愛しているみたいやったんかな…(笑い)」

2-6で大敗した試合後、滝川二の控室では当時の主将が、2得点した相手エースに「大迫、半端ないって。あいつ半端ないって。後ろ向きのボール、めっちゃトラップするもん、そんなんできひんやん、普通」と泣きながら絶叫。そのユニークな動画が拡散され、話題を呼んだ。

「09年の話やのに、大迫君が活躍した18年のW杯(ロシア大会)で『半端ないって』のピークがきた。これ相当、彼に迷惑をかけとるやろなと。どこに行っても半端ないと言われて、うちの主将が最初の原因を作っとるから、本当に申し訳なかった」

当時滝川二を率いた栫さんが、大迫の人間性を好きになったのが、試合後の対応だったという。

「両校が相手ベンチに挨拶しますよね。その時、私が声をかけたんです。勝った、負けたの次元ではなく、絶対につぶれんと将来、頑張ってくれという思いを伝えた。彼は真っすぐ、こっちを見て『ありがとうございました』と。なかなか、言えるもんじゃないですよ」

その直後、栫さんは10人以上の記者に囲まれ、大迫についての感想を取材された。興奮を保ったまま控室に戻ると、主将の「半端ないって」が始まった。栫さんまで、つい「あれは絶対、全日本(代表)に入るな」と相づちを打った。

大迫がその後、Jリーグ鹿島でプロになり、ドイツに移籍してからも試合結果はチェックしてきた。ある記事で「高校選手権の思い出という問いに、大迫君が『栫先生にお会いしたこと』と言ってくれているのがあってね。めちゃくちゃうれしかった」。

他の記事でも「『半端ないって』について、大迫君は『ありがたいですね』と答えてくれていた。社交辞令かも分からんが、ホッとした」。大迫の寛容な心を知り、栫さんは「長距離恋愛」というユーモアな表現で、人一倍応援してきた。

その両者が21年8月からは近距離になった。大迫がブレーメンから移籍した神戸の練習場は、滝川二のある同じ神戸市西区が拠点。大迫を指導する神戸吉田孝行監督(46)は、栫さんが滝川二コーチ時代の教え子だ。神戸市生まれの栫さんは、祖父は大迫と同じ鹿児島県の出身だという。不思議な縁はいくつも重なっていた。

実は栫さんへの取材は昨年10月、W杯カタール大会の日本代表が発表される前に行っていた。だが代表メンバーから、大迫はまさかの落選。改めて今回、取材をすると「大迫君への思いは、何も変わってないですよ」と笑う。

栫さんは昨年、色紙に「和以征技(わじせいぎ)」と、大迫へのメッセージを記した。レベルの高い相手にはチームワークで頑張ろうという意。

選手権で大迫に大敗した滝川二は、その2年後の10年度に初優勝に輝き、当時50歳の栫さんは何度も宙を舞った。そして今年、大迫は神戸のチームワークを保たせ、Jリーグの頂点を極めた。

「やっぱり、大迫半端ないですね。15年前、私が日本代表に入ってほしいと思ったように、よくここまで育ってくれた。一ファンとして感謝しています」【横田和幸】

◆栫裕保(かこい・ひろやす)1960年(昭35)9月17日、神戸市生まれ。滝川高(滝川二の系列高)から日体大では主にMF。兵庫FCジュニア、ジュニアユースのコーチを経て、92年に滝川二に赴任し、コーチ就任。07年から監督を務め、10年度全国選手権で初優勝に導く。14年度限りで退任し、現在は滝川二ゴルフ部部長で安田祐香、古江彩佳ら女子プロの輩出に貢献。保健体育教諭。

◆大迫半端ないって 大迫が鹿児島城西時代の08年度第87回全国高校選手権準々決勝・滝川二戦の試合後に生まれた流行語。背後からのロングボールを走りながら絶妙なトラップをするなど、自身の2得点を含めて大活躍。2-6と大敗した滝川二の控室では、DF中西主将が「大迫、半端ないって」などと泣き叫び、その映像がYouTubeで広がり、大迫の代名詞に。18年W杯ロシア大会時にブームが再燃。神戸の試合会場でも「半端ないって」の旗が掲げられる。