日本のアイスダンスとペア競技強化のために、ひと肌脱いでくれる方はいらっしゃらないだろうか? 

 決して冗談ではない。イタリア・ミラノでのフィギュアスケート世界選手権を終えたアイスダンス村元哉中(25)、クリス・リード(28=木下グループ)組は「本当に大変なんです」と、海外で活動する上で多額の費用がかかることを嘆いた。

 2人は今回の世界選手権で日本勢最高となる11位に入った。特に、坂本龍一のピアノ曲「戦場のメリークリスマス」に合わせ、桜の一生を表現したフリーダンスは美しかった。

 世界のトップ選手とは、速さや動きのキレで、まだ差はある。それでも、しっとりとした丁寧な演技で観客の心を引きつけ、大歓声を浴びた。目標のトップ10入りには届かなかったが、「ぼくたちは強いチームになった」(リード)と、自信を深めて今季を終えた。

 結成3年目の2人がここまで成長できたのは、米国・デトロイトに拠点を置き、世界トップクラスのコーチ陣の元で訓練を積んでいることが大きい。だが、海外で練習をするには大きな負担がともなうという。お金の話を聞くのは失礼かとも思ったが、フリーダンスから一夜明けた3月25日、活動資金について質問すると、2人は詳しく語ってくれた。

 資金源は、所属する木下グループ、日本スケート連盟、それぞれの家族。その3者のサポートを受けて初めて海外での練習ができる。「年間(かかるのは)何百万ですか?」という問いに、村元は「もっと。もっとです。2カ月(にいっぺん)ぐらい、お母さんに100万ぐらい振り込んでもらっている」と申し訳なさそうに答えた。

 特にシーズンオフは振り付け、衣装代などですぐにお金がとんでいく。しかも、氷上だけでなく、バレエ専門など指導を受けるコーチの役割が細分化され、それぞれに謝礼を支払わなければならないという。加えて、家賃や食費など日々の生活費もばかにならない。

 だからこそ、村元は「日本でアイスダンスを練習できる環境を、作ってほしい」と訴える。ただ「そうするには、リンクも、コーチも必要。まだ、もうちょっと時間がかかるかなと思います」。今は海外で練習を積むしかない。

 なぜ日本は男女シングルが強く、アイスダンスとペアの強化が進まないのか。まず、国内にカップル競技の十分な練習環境がないことが理由に挙げられる。

 昨年8月、クラウドファンディングで資金を集め海外遠征にあてた大学生のアイスダンスカップル、折原裕香、森望組に話を聞く機会があった。日本に拠点を置く彼らは「なかなか貸し切りでの練習ができない」と嘆いていた。

 カップル競技は、男性が女性を持ち上げる技があるなど、十分なスペースがないと練習ができない。日本では、多くのシングルスケーターが一日中リンクで練習するため、その中で2人が並んで滑ることができるのは週に3度、1~2時間ぐらいだという。その限られた練習時間で、日々鍛錬を積む海外選手に対抗する力をつけるのは難しい。

 環境が整っていないことから、競技人口が増えず、国内での競争が生まれないことも問題だ。男女シングルでは、全国各地の予選を勝ちぬいた一握りの選手だけが年に1度の全日本選手権に出場できる。だが、ペアとアイスダンスはそうではない。ソチ五輪選考をかねた13年の同大会の出場組数はペアが1、ダンスが3。平昌五輪選考の17年大会ではペアが3、ダンス5と4年間でほぼ状況は変わらなかった。

 日本は14年ソチ五輪に続き、18年平昌大会でも団体競技に出場した。いずれもメダルに届かなかったのは、カップル競技の力の差にある。平昌団体金のカナダ、銀のロシア、銅の米国は、4種目満遍なく力のある選手を持つ。そういう意味で、日本はまだ“フィギュア大国”とはいえないのではないだろうか。

 日本連盟はジュニア世代の発掘活動など強化に取り組んでいるが、カップル競技が本格的に活発化するまでにはまだ時間がかかるだろう。まずは、ペア、アイスダンスが優先的に練習できる場所が出来るよう期待したい。

 村元は、4年後の北京五輪に向けて「メダルを狙っていきたい」と意気込む。「それ(メダル)があったら、日本でダンスが広まると思う。結果を出さないとダンスが広まらない」。

 彼らがこれからさらに道を切り拓いていく過程を見つめ、伝えていけるよう努めたいと思う。【高場泉穂】

 

 ◆高場泉穂(たかば・みずほ)1983年(昭58)6月8日、福島県生まれ。東京芸術大を卒業後、08年入社。整理部、東北総局を経て、15年11月から五輪競技を担当。