その説明を聞いて、格闘技で「ボーッとする」状態になる理由が少しわかった。さまざま競技の日本代表をサポートする「味の素」の説明会が5月29日、都内で行われた。空手女子の植草歩(26=JAL)が登壇して「サポートを受けて、試合中にボーッとすることがなくなった」と言った。空手の組み手は90~120分の間に5試合を戦う大会形式。試合の合間に同社のゼリードリンクを「ちょびちょび飲み」するようにしたと言う。同社の上野祐輝氏は「これまで植草選手は最初の試合の2時間前に食事をとって、そのまま最後まで試合をしていた。エネルギー切れをおこすし、常に頭を使っているので糖質が必要だった」。

「ボーッとする」。格闘技経験にない人にとってはふに落ちないかもしれない。相手と1対1で向き合ってパンチやキックが来るのにボーッとするのか? しかし実際には多々ある。駆け引きやフェイントで相手の裏をとることがチャンスにつながるからだ。試合開始直後は頭もクリアだが、疲労やダメージがたまれば、体の動きも頭の動きも鈍る。ボクシングのテレビ中継でも「集中! 集中!」というセコンドの叫び声が聞こえることがあるだろう。ガードが下がる、あごが上がる、パンチの打ち終わりに防御ががら空きになる、パンチが見えているのに避けられない。そんなシーンが勝敗を分ける。まして空手のように1日で連戦すれば、頭も疲れる。試合の合間に糖質を補給することで「ボーッとする」状態が少なくなれば、勝利に近づくことは間違いない。

この説明会で思い出したのは、18年8月25日、ジャカルタ・アジア大会だ。空手女子組手68キロ超級。植草が準決勝で強敵ハミル(イラン)に鮮やかな右中段蹴りを決めた。0-1の残り18秒、逆転勝利を決める2ポイントの一撃た。植草の右ミドルは相手に全く反応させないクリーンショットだった。「相手の顔が焦っていた。いけるかもしれないと思った」と植草。連戦の中で緊迫した試合展開、ちらつく勝利に相手は心身ともに消耗していたのだろう。上野氏も「あの時、ハミル選手は、疲労もあって、頭がクリアではなかったのではないかと思います」。いわゆる「ボーッとしている」状態だった。

同社は競泳、バドミントン、フィギュアスケートなど多岐にわたってサポートを行っている。空手は18年のジャカルタ・アジア大会が初の海外大会サポートとなった。1日に複数の試合を行う格闘技はほかにも多い。空手におけるデータや知見が、他の格闘技で生きる可能性は高い。もちろん世界大会で勝つには高いレベルの体力、技術は必須だ。ただ実力が拮抗(きっこう)した選手同士の試合は、一瞬のスキ=「ボーッとする」状態がキーポイントになる。

格闘技で必要な「心技体」。そのうちの「心」は闘争心、集中力、執着心などと表現されてきた。当然、個人差はあるが、全身に疲労が蓄積して頭がクリアな状態でなければ、やはり「心」は減っていくものだ。科学的なデータに基づく「捕食」の効果的な摂取によって、「心」につながる要素をより強く保てるならば、大きな成果が見込めることだろう。【益田一弘】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

◆益田一弘(ますだ・かずひろ)広島市出身、00年入社の43歳。大学時代はボクシング部。96年全日本選手権出場も初戦敗退。戦績は21勝8敗(17KO・RSC)。試合中は「ボーッとすんな!」とセコンドによく怒られた。五輪は14年ソチでフィギュアスケート、16年リオデジャネイロで陸上、18年平昌でカーリングなどを取材。16年11月から水泳担当。