美しい南太平洋に囲まれた島国サモア。そこで生まれ、ラグビーの同国代表で活躍してきたCTBトゥシ・ピシ(39)が現役引退を決めた。12日、19年ワールドカップ(W杯)日本大会後に在籍した豊田自動織機が、アシスタントコーチへの転身を発表した。

19年ラグビーW杯日本-サモア戦の試合後、日本代表坂手淳史(左)、具智元(右)らと健闘を分かち合うサモア代表のトゥシ・ピシ
19年ラグビーW杯日本-サモア戦の試合後、日本代表坂手淳史(左)、具智元(右)らと健闘を分かち合うサモア代表のトゥシ・ピシ

現役時代、神戸製鋼でプレーした徳野洋一ヘッドコーチ(40、HC)は、ピシの決断を重く受け止めた。

「まだプレーできたと思います。ただ、彼は『自分が退いて、日本人選手のために機会を与えたい。まだ伸びるから』と言いました。このチームに対する思いを、すごく感じました」

その決断が心にしみた。

転機があった。3月7日、愛知・パロマ瑞穂ラグビー場。トップリーグ(TL)2部相当のトップチャレンジリーグ(TCL)3戦目でコカ・コーラを退けた。だが、徳野HCは規律を乱した、ある外国人選手のプレーを見逃さなかった。

「プレーヤーの前に、人間として求められる人材か? そのような意識であれば、今すぐ、やめてくれ」

先頭で動いたのがピシだった。サントリーでも長くプレーしてきた男は、後輩の外国人選手たちを導いた。日々の練習では日本人選手より、早く姿を見せるようになった。徳野HCは本当の意味で、チームが1つの方向を向いたと感じた。

「彼ら(外国人選手)に、ラグビーのキャリアでは勝てない。勝てるのは年齢。年齢の分、長く生きている。日本人選手からリスペクトされるためには、どうするべきか。外国人選手にも必ず『いい人間になってほしい』と伝えています」

改革は2年前に始まった。前任の外国人HCがシーズン途中で退任。アシスタントコーチだった徳野HCが昇格した。TL昇格と降格を繰り返してきた、チームの課題が見えてきた。

「外国人選手と日本人の社員選手の差が大きい。試合に出られる選手は居心地がいい。一方、そこから漏れた選手はモチベーションを作りづらい状況だった」

求めるレベルを「一番できない選手」に合わせた。朝のトレーニング開始は午前5時半。ここに外国人選手も参加する。新型コロナウイルスの影響でトレーニング室が使えない時期は、器具を外に持ち出した。グラウンドの隅を使い、早朝5時から暗闇の中で体を作った。それぞれの立場に関係なく、目線をそろえた。

方針や思いは1人1人に伝えていった。ミーティングは1年間で600回に及んだ。前年度、初の日本一となった天理大も指導してきた、山下大輔ラグビーパフォーマンスコーチは「不平不満を聞くことがない」と意識の変化を実感する。

21年4月3日、TCL決勝。優勝候補とされた近鉄を36-17で圧倒した。スクラムの要となるプロップ高橋信之(22)は三重・朝明高から入団し、先発に定着。関大出身のCTB松本仁志(27)は、対面で日本代表のフィフィタに目立った仕事をさせなかった。SHゲニア、SOクーパーの元オーストラリア代表名コンビ擁する相手を下し、TCL優勝。TLプレーオフトーナメントもNECに24-25と迫った。地道な強化の成果が徐々に見え始めた。

NEC戦の前半、豊田自動織機のWTBリサラシオシファはタックルを受けながらもトライを決める(2021年4月17日撮影)
NEC戦の前半、豊田自動織機のWTBリサラシオシファはタックルを受けながらもトライを決める(2021年4月17日撮影)

この日、発表された21-22年シーズンの新体制。アシスタントコーチのピシ以外、首脳陣は全員が日本人だ。徳野HCの言葉からは、情熱と自信がにじんだ。

「今までにないスタイルで、日本一のチームにしたい。ここで育てて、いい人材を代表に送り込みたい。こういうチームが上に行くことで、新しいモデルケースになると思っています」

22年1月、3部制の新リーグが開幕する。豊田自動織機のスタイルを結果で示す覚悟がある。【松本航】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。武庫荘総合高、大体大ではラグビー部に所属。13年10月に日刊スポーツ大阪本社へ入社し、プロ野球阪神担当。15年11月からは西日本の五輪競技やラグビーが中心。18年ピョンチャン(平昌)五輪ではフィギュアスケートとショートトラックを担当し、19年ラグビーW杯日本大会も取材。