「不器用な柔道家」が、確かな手応えをつかんだ。昨年準優勝で2年ぶり4度目の全日本王者を狙った王子谷剛志(26=旭化成)は、準々決勝で17年世界選手権100キロ級覇者のウルフ・アロン(23=了徳寺学園職)に延長の末、内股で一本負けした。

しかし、王子谷は試合後、落胆しながらも晴れ晴れした表情も見せた。開口一番、乱れる呼吸を整えながらこう言った。「強かった。それだけです」。全日本を3度制した元王者が、潔く負けを認めた。

2年前の全日本選手権決勝で対戦して以来、東海大を拠点とする両者は稽古で1度も組まず、この日を迎えた。普段は仲の良い先輩後輩だが、“勝負師”として試合前になると口も利かず、戦闘モードに突入する。「久々に柔道が楽しいと思った。そういった意味ではウルフに感謝。これまでの(得意の)大外刈りだけでなく、やりたいことも出来て、自分の伸びしろも感じた」と前を向いた。

7歳から柔道を始めた。基本の前回り受け身が出来ず、自宅で布団を敷いて猛特訓した。ジャガイモの皮をむけば指を切るなど1つのことを習得するのに周りよりも時間を要した。太くて短い腕を生かすために組み手を研究し、ひたすらコツコツと大外刈りを磨いてきた。体の成長とともに186センチ、145キロの恵まれた体から放つ大外刈りの破壊力は増し、国内外の大会で実績を残した。

しかし、国際柔道連盟(IJF)のルール改正やライバルに研究され、近年は「指導3負け」が多く、不完全燃焼で終わっていた。昨年は「苦しい年」で個人優勝なし。負けが続き、思うような結果が残せず、大好きな「柔道が楽しくない…」と自問自答する日々が続いた。現状を打破するために自身の柔道と向き合い、稽古で小内刈りや袖釣り込み腰などにも挑戦した。「これまでの自信が過信になっていることに気づいた。腐っても前に進まない。何が答えか分からないが、何かをきっかけに自分が変われると思ったし、変わらないといけないと思った」。26日にはともに丸坊主にして、“全日本モード”となった付け人が稽古中に負傷する不運にも見舞われた。

「憧れ」とする7度目の挑戦となった伝統と権威ある全日本選手権。平成最後の大舞台となったが、「やりたい」という技を出せて完全燃焼した。「やっぱり柔道は楽しい。そして奥深い」。6分14秒。不器用な26歳の柔道家にとって、特別な時間だった。【峯岸佑樹】