2020年東京五輪・パラリンピックの大会組織委員会は1日、ベルギーの劇場ロゴの盗作疑惑が指摘されていた公式エンブレムの撤回を決めた。この日午前、東京・虎ノ門で開かれた緊急会議で、デザインしたアートディレクター佐野研二郎氏(43)が盗作は否定しながらも、撤回を申し出た。五輪エンブレムの撤回は極めて異例。新国立競技場の計画白紙撤回に続き、大会のシンボルが相次いで見直される前代未聞の事態となった。

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事実上の撤回要請だった。8月31日夜、佐野氏の元に組織委の槙英俊マーケティング局長が車で訪れ「問題について明日、詳しく聞きたい」と呼び出した。「電話で『来てくれ』と依頼するレベルの問題ではなかった」と関係者。そしてこの日、組織委の武藤敏郎事務総長、審査委員長の永井一正氏と緊急の3者会談を行い、約1時間の議論の末、水を向けられた佐野氏は切り出した。

「『模倣だから取り下げる』ということはできないが、今や国民から受け入れられず、五輪イメージに悪影響を与えてしまう」とし、取り下げを申し出た。この日夜にホームページに掲載したコメントでは「プライバシーの侵害も異常な状況。これ以上、人間として耐えられない。家族、スタッフを守るため」と苦渋の決断を明かした。

決め手は先月28日に公表した原案だった。13年11月に東京・銀座で開かれたモダン・タイポグラフィの巨匠ヤン・チヒョルト氏(故人)の展覧会ポスターのデザインと酷似していると、ネット上で指摘された。

組織委の武藤事務総長は会見で「佐野さんは確かに(展覧会を)見に行った」と認めた。しかし、佐野氏は「ポスターは記憶にない」と真っ向から盗作を否定。ヤン氏の丸は「ドット」で佐野氏の丸は「日の丸、鼓動、情熱をイメージした」と力説したという。

永井氏から「一般国民が納得いくかという点では問題がある」との見方が出たことから武藤氏は「国民の理解を得られない」と決断した。しかし、「これを選んだのは審査委員会」と押しつけ、組織委は最後まで責任を認めなかった。

そもそも昨年11月、104作品から佐野案が選ばれた際、国際オリンピック委員会の商標調査によって世界中に5作品前後もの類似作品が見つかり、修正を余儀なくされた経緯がある。そして今回のヤン氏、さらにはスペインの時計メーカー「TIME FORCE」のロゴにも似ていると指摘され、約10カ月前と全く同じ「原案類似問題」で撤回し、後手に回った。

28日の会見で示した「展開例」も要因だった。羽田空港や渋谷スクランブル交差点の写真もネット上から流用。佐野氏は「内部資料のために作った。非公開の場ではデザイナーとしてはよくあること」と主張したが、権利者に確認しないまま2度、公の場で使用。「確認を怠った。不注意だった」と謝罪した。

遅きに失した要因に組織委・森喜朗会長の存在もあった。「組織委の責任問題が出れば森さんに直結する。競技場に続きエンブレムでも森さんに恥をかかせられないと先送りするうち、今回の事態につながった。誰かが森さんに早い段階で決断を求めていれば早い決着方法もあったのでは」と与党関係者。森氏への過剰な配慮は、新国立の白紙撤回経緯と似る結果となった。【三須一紀、中山知子】

 

◆東京五輪のエンブレム 東京、チーム、トゥモロー(あす)などの頭文字「T」をモチーフに、鼓動を表す赤の円が施された。全ての色が集まることで生まれる黒は、大会ビジョンの1つである、異なる人種や文化を認め合う多様性を表す。104件の応募作品の中から選ばれ、五輪開幕まで5年となった7月24日に発表された。エンブレムは競技会場の装飾や協賛企業の広告などに使用される。