車いすテニスで、パラリンピック計4個の金メダルを獲得した国枝慎吾(38=ユニクロ)が7日、現役引退会見に臨んだ。

1月22日に自身のSNSで引退を表明してから16日。所属先のユニクロの本部(東京・有明)で、同社の柳井正代表取締役会長兼社長(74)とともに登壇した。

冒頭、国枝は「(1月)22日付で引退することになりました。東京パラリンピックが終わって、引退についてはずっと僕自身も考えておりまして、昨年はグランドスラムでシングルスのタイトル3つのうち、4つ獲得して調子も良かったんですけど、最後に残されたウィンブルドンのタイトルを獲得することが決まった瞬間、チームの方と抱き合っていたんですけど、その時に最初に出た言葉が『これで引退だな』と。実はそれが芝生のコートで最初に出た言葉だった。その後、『十分にやり切ったな』というのが、ふとした瞬間に、口癖のように出てしまった」と引退の決断について、自らの言葉で説明した。

国枝は車いすテニスの4大大会で男子世界歴代最多50回の優勝を誇る。世界ランキングでは昨年も含め、計10回も年間最終1位を記録した。

1月22日に自身のSNSで引退を発表した際には「夢が叶った東京パラリンピック後から引退についてはずっと考えており、昨年念願のウィンブルドンタイトルを獲得してからは、ツアーで戦うエネルギーが残り僅かである事を感じる日々でした。昨年10回目の年間王者になった事で、もう十分やりきったという感情が高まり、決意した次第です」(原文まま)とつづった画像を添えていた。

9歳の時に脊髄腫瘍を発症し、下半身まひとなったが、11歳で車いすテニスに出合って才能が開花。04年アテネから21年東京までパラリンピックに5大会連続出場し、シングルスで3個、ダブルスでは1個の金メダルを獲得した。

シングルスでは全豪オープン11回、全仏8回、全米8回、ウィンブルドン1回の優勝を収めた。

岸田文雄首相は3日、偉大なパラアスリートの功績をたたえるべく、国民栄誉賞の授与の検討を指示したことも明らかとなっている。

正式に授与が決まれば、パラスポーツ界では初の受賞となる。

◆国枝慎吾(くにえだ・しんご)1984年(昭59)2月21日生まれ、千葉県柏市出身。パラリンピックは5大会連続出場。ダブルスは04年アテネ金、08年北京と16年リオデジャネイロで銅。シングルスは08年北京と12年ロンドン、21年東京で金。世界ランキング1位のまま、23年1月22日に引退発表。