五輪の記憶が羅針盤に-。プロフィギュアスケーターの浅田真央さん(33)が「伝説のフリー」を演じたソチ五輪から10年の節目に“世界初”のアイスショーに臨む。プロ転向後3作品目となる「Everlasting33(エバーラスティング33)」(6月2日開幕、東京・立川ステージガーデン)では、劇場公演だからこその初演目がふんだんに盛り込まれる。今なお、挑戦し続ける下地にあるのはバンクーバー、そしてソチで立った五輪リンク。今夏にパリが控える中、新たに挑むショーへの思いとともに、4年に1度の大舞台がもたらす力を明かした。【取材・構成=阿部健吾】

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未知へ、いま心は躍る。浅田さんはその瞬間を心待ちにしている。「本当にどう響くのか、実際に滑ってみないと分からないですけど、すごく面白いと思います!」。大きく、声が弾んだ。

立川ステージガーデンは、音響設備にこだわり抜いて作られた劇場。そこに張られた氷を、スケート靴のブレードが削る。どんな新たな音がつくられるだろう。選手時代は、摩擦音がしない滑りが評価の対象だった。「でも、スケートを習ってる方に聞くと『音を鳴らして滑りたい』と。滑った時に『グーッ』とするのが心地よいと」。劇場だからこそ、あえて響かせたい。「オーケストラの生演奏とお届けするので、自分たちも感動してしびれちゃいそう」。想像するだけで、自然に笑顔になる。

プロ転向後3作目のショー。「ビビっときた」と下見で会場を即決したが、浮かんだイメージを現実化するには難題ばかりだった。ステージからせり出して設置されたリンクの大きさは通常の半分ほど。「狭い中でスピード感を失わないように。『滑らされる』のでなく、自分たちが『操る』」。トップスピードに一気に入るなど、卓越した技術が求められる。

さらに11人での群舞。互いの距離は近く、わずかな軌道のミスが大きく影響する。開演2カ月前で既に通し練習を実施。参加者は2作目の「BEYOND」で苦楽をともにした仲間で「皆がさらに成長しています。『BEYOND』をビヨンドしよう、と一致団結してます」と奮闘していた。

選手の頃から挑み続ける姿勢は、引退後8年目の今も変わらない。夏にパリ五輪が控える24年は、「伝説のフリー」のソチ五輪から10年の節目になる。

「えっ! 早い、早すぎる!」。

振り返ることをしない性格。いかにも、な反応だった。ただ、五輪での演技が今の人生にどう関わっているかを聞くと1度うなずき、教えてくれた。

「もうこれダメだ、と思った時に『ソチ、バンクーバーであれだけのプレッシャーを乗り越えられたから大丈夫だ』って思える。選手の時にどんなことがあっても諦めずに、自分の強さで何がなんでも乗り越えたことは、すごく、今も自分の力になってます」。

気持ちの強さ。それは本来の弱さに「ふたをして」「何が何でもやらなきゃ」ともがいたものだったという。

「勝ちにこだわってました。でも、今はそれだけじゃなかったなって。(山田)満知子先生は昔から『愛される、記憶に残るスケーターになりなさい』って。五輪はすごく悔しかったんですけど、周りには『結果じゃない、感動した』と言ってくれる人もいて何よりの救いでした。人生、うまくいかないこともあるけど、何か理由がある。でもいつかは、五輪じゃなかったとしても、そういう時が来るのかなと思ってます」。

今、20歳の頃に「ふんわり」と描いた、自分のスケートリンクを作る夢が現実に近づいている。今秋には東京・立川市に「MAO RINK」が完成する。未知の領域に、ショーも含めて、人生としてまい進している。「どんどん新しいことを切り開いていきたいですね」。それを、10年前のソチの経験も支えている。

そういえば、1年前に聞いた、トリプルアクセルを再び跳ぶ誓いは今-。

「もちろん、諦めてないですよ(笑み)。35歳までには。言ったからにはやらないと!」。

未踏の域こそ、生きる場所。その笑顔が、そう語っていた。

◆浅田さんのソチ五輪 10年バンクーバー五輪で銀メダルを獲得し、集大成として臨んだ2度目の五輪。ショートプログラム(SP)ではジャンプにミスが続き、シニア大会53試合目で自己最低の16位。金メダルが絶望的な状況から、一夜明けたフリーでは3回転半を決め、次々にハイレベルな要素を全う。演技を終えると涙があふれた。結果は6位。メダルには届かなかったが、五輪史に残る感動の名場面となった。

◆「Everlasting33」 6月2日から16日まで立川ステージガーデンで公演。タイトルは「永遠の」を意味する「Everlasting」に、現在の33歳という年齢を重ねた。浅田さんが総合演出し田村岳斗、柴田嶺、今井遥、小山渚紗、中村優、山本恭廉、松田悠良、マルティネス・エルネスト、今原実丘、小林レオニー百音が出演。ゲストダンサーはHideboH、Seishiro、オーケストラの指揮は井田勝大、米田覚士が務める。エアリアルやスケート靴を脱いでのタップダンスなど、劇場だからこその初要素も盛り込まれる。チケットは一般発売中。