「決めました」。広島鈴木清明球団本部長(62)が新井貴浩内野手(39)から受けた電話。その声は低く、震えていた。FA権を取得し、悩み抜いた末の07年11月7日。3度の交渉後に受けた決別宣言だった。

 なぜそっちを選んだ―。鈴木はNPBの会合で東京出張中。12球団代表者とまさしく会食していた時だった。「ちょっと待てや。そう焦らんでもええじゃろう。まず明日、話そうや」。席を外し、電話を握りしめて何度も何度も言った。だが新井は固い。「いや、もう決めたんです」。翌朝の事務所で〝4度目の交渉〟を行う約束をして電話を切った。

 新井は神戸で日本代表の合宿中。距離が離れたことで直接交渉が行えず、不安はあった。だが正直、驚いた。翌朝乗った広島へ戻る始発の新幹線。車内では「そうか。そっちに決断したか」と冷静な半面「あいつの心底の思いを聞いてやれんかったんかもしれん」と後悔もあった。10月18日には黒田がメジャー移籍を目指してFA宣言。虚無感に襲われ、感情が複雑にうごめいていた。当時の新聞記事は今、クリアファイルに入れて机にしまっている。

 交渉決裂。しかしドラフト6位から育った選手だ。誰にも悟られぬように、鈴木は「阪神新井」を心配していた。「あの環境でやっていけるんか」。移籍後の活躍する姿も、苦しむ姿もメディアを通じて見ていた。NPB選手会長と選手関係委員会としても共に戦ったこともある。そんな時でもやはり新井は新井だった。広島を悪く言うことはない。「新井は戻ってくるんじゃないか」。鈴木はどこかに自信のようなものがあった。13年シーズン中から、鈴木は心の準備を始めていた。(敬称略)【取材・構成=池本泰尚】(つづく)