名古屋場所を沸かせた1人が、10日目まで1敗と奮闘した関脇栃煌山(28=春日野)だった。9日目に全勝の鶴竜を破ると、翌日も無傷の白鵬を撃破。関脇以下が中日以降に全勝の横綱2人を倒したのは、77年初場所の関脇若三杉(のちの2代目横綱若乃花)以来。そんな珍しい光景に、愛知県体育館のファンも座布団を放り投げて、狂喜乱舞した。

 栃煌山は、大関稀勢の里や豪栄道と同学年で、特に豪栄道とは小学生時代からのライバルだった。関係者からは「子供のころの影山くん(栃煌山)は、沢井くん(豪栄道)に負けて大泣きしていた」という話を聞いたこともある。もちろん、ライバルに大関昇進を先に越されて悔しくないはずもないだろう。大関への思いは「常にあるのはある」と言う。「でも、口で言ったって、しょうがない」。強い志を結果で示すべく、名古屋では10勝を挙げた。大関昇進の目安は「三役で直近3場所33勝」とされるだけに、昇進への足掛かりはつくった。

 栃煌山と言えば、正攻法の押し相撲が特長だ。そんな理想を貫く気持ちを抱きつつ、柔軟に立ち回るのも“アリ”という思考も生まれ始めた。

 「いい相撲も大事だけど、なんだかんだ、結果なんで。変化はしないけど、例えば変化して勝っても、周りの人はすぐに忘れるじゃないですか。でも、白星は残るでしょ。変化はしないですけどね。どの体勢でも勝ちたいと思うんです。相撲に幅があるわけじゃないので、下から押す、中に入る。押せないときは、我慢して取ることしかできないんで」。その我慢が、白鵬の出足に耐えてはたき込んだ一番にも表れていた。

 野球をやろうとしても、キャッチボールができない。サッカーでは、PKで空振りしたこともある。ボウリングも、必死にやってスコアは50から60点…。そんな不器用で自称“運動オンチ”な栃煌山は「相撲があって良かった」と、心の底から言う。性格も、誠実で朗らか。誰もが応援したくなる男が、30歳を前にひと皮むけたか。「若くはないけど、若くないこともない」。年内に1つ上の地位に行くチャンスは、十分ありそうだ。【木村有三】