<ボクシング:WBA世界スーパーフェザー級タイトルマッチ12回戦>◇20日◇さいたまコミュニティアリーナ◇観衆5800人

 この強さは本物だ!

 「KOダイナマイト」が、豪打で挑戦者のほお骨を折って病院送りにした。WBA世界スーパーフェザー級王者内山高志(30=ワタナベ)がTKOで2度目の防衛に成功。同級5位ロイ・ムクリス(23=インドネシア)を開始から圧倒し、5回2分27秒、右フックに6連打を重ねてリングに沈めた。王座奪取から3連続KO勝利は日本史上初の快挙。次戦は来年1月、WBAからの指名試合が有力で、同級暫定王者ソリス(メキシコ)が最有力候補に挙がっている。内山の戦績は16戦全勝(13KO)。

 内山は冷静かつ、豪快だった。相手の高い構えを下げさせるべく、開始からボディー中心に攻撃。パンチの軌道を会場の大画面VTRで確認して臨んだ5回、クライマックスが待っていた。左ボディーで相手の顔がゆがんだのを見逃さない。ボディーへのフェイントでガードを下げさせ、右フック。ムクリスが揺れた。

 「手応えはあったけど倒れなくて『あれ?』って見たらフラフラしていた」。あわてず左右の6連打を浴びせてリングに沈めた。「練習通り」。世界王座奪取からの3連続KOは日本初。ムクリスを担架で病院送りにもし、左ほお骨骨折で検査入院させるなど、強さを存分に見せつけた。

 それでも内山に笑顔はなかった。「相手のマネジャーが亡くなって会見でも泣くのを見た。つらい気持ちも分かる。わーわー喜べません」。偉業達成でも相手への敬意と気遣いを忘れない“らしさ”も見せた。

 そんな完勝の陰で、世界王者だからこその「不安」に初めて襲われていた。無敗で王座を奪取し、初防衛戦も一撃KO勝利。2度目の防衛戦が約1年ぶり実戦となるムクリスに決定した時、KO率80%の「KOダイナマイト」なら問題ないという空気が周囲に充満した。そんな雰囲気を敏感に感じ、もやもやしていた。「この『大丈夫でしょ』っていう空気が一番怖いですね。うのみにしないようにしているんですけどね」。

 8月中旬、突然帰省した。向かった先は父行男さんのお墓。「試合、頑張れよ」の言葉を最後に、05年11月に息を引き取った父に手を合わせ、天国の父の言葉に耳を傾けた。かつて内山はアテネ五輪予選敗退を機に1度はグローブを置いた。だが世界王者の夢をあきらめきれず、営業マンの安定職を捨てることに反対した父を「世界王者になるから」と説得しプロ入りした。

 「またベルトを持ってくるから」。天国の父と向き合い、原点に立ち返った。母百代さんは「気持ちを切り替えるために帰ってきたのかなと思いましたね」と息子の変化を察知。試合を前にして、内山は「何でも良いから勝つ」と精神的な壁を乗り越えていた。

 次戦について、渡辺会長は「1月に、指名試合になるでしょう」と話した。暫定王者ソリスが最有力候補だ。周囲の期待はまたもや高まったが、内山は「もっと強くなって上に行きたい。世界王者になった先輩と比べたら、まだまだ」と満足感はない。「まだ伸びると思ってやっています」。内山のKO伝説は、まだ始まったばかりだ。【浜本卓也】