<究極戦士たち(3)>
約6年ぶりの日本だった。ヘクター・ロンバート(35=キューバ)にとって07年2月、DEEP28大会の石川英司戦(1回TKO勝ち)以来の来日。先月22日の「UFC
JAPAN
2013」(3月3日、さいたまスーパーアリーナ)開催会見に出席し「UFCファイターで戻ってこれて最高さ。いい試合をして次の日本大会も出たいよ」と上機嫌だった。
まだ格闘家と警備員の仕事を両立していた06年。00年シドニー五輪柔道キューバ代表だった縁もあり、吉田道場の所属でPRIDEに参戦した。当時、約2週間、吉田秀彦らと練習を積んだ。すしの味も覚え「文化が違って楽しかった」。PRIDEで連敗したが、直後の石川戦で勝利後、ロンバートの快進撃が始まった。ベラトールFCミドル級王座獲得など、24勝1分けの25戦無敗でUFCと契約を結んだ。総合成績の通算32勝中、KOや一本勝ちが25勝。「6年前の自分と違うのはフルタイムでプロ格闘家であるということ。米国を拠点にしてからは生活の心配をしなくて良くなった。それが大きく変わった」と振り返る。
岡見勇信(31)との試合は、真価を問われる一戦だ。大きな期待を集めたUFC初戦、昨年7月のボウシュ戦で判定負け。UFCデイナ・ホワイト社長(43)も「試合は期待外れだった」と手厳しかった。同12月にはパリャーレスに1回KO勝ち。再起戦を飾り「対戦相手は誰でもいいんだ」と自信を回復させた。
「オレの3敗のうち、2敗はPRIDE。この6年間、成績を挙げてここまできた。UFC日本大会で勝ちたい」。現役生活を優先するため、婚約者ローレンさんとの結婚も引退後の予定。日本をステップに世界へと羽ばたいた「褐色の柔道家」は、存在感十分で日本に凱旋(がいせん)する。【藤中栄二】
◆ヘクター・ロンバート
1978年2月2日、キューバ・ハバナ生まれ。柔道で7度も同国王者となり、00年シドニー五輪の柔道男子73キロ級同国代表に選出。その後、オーストラリアに移住し、04年にプロ格闘家デビュー。06年には吉田秀彦のもとで練習し、吉田道場所属でPRIDEにも参戦。郷野聡寛、ゲガール・ムサシに敗れた。米国を拠点に置き、09年に米総合格闘技団体ベラトールFCと契約。同団体ミドル級トーナメントで優勝し、同団体ミドル級王座も奪取。12年4月にUFCと契約。175センチ、84キロ。

