<04年4月26日付紙面から>

 92年に急死したロック歌手尾崎豊さん(享年26)の十三回忌にあたる25日、ゆかりの地に熱心なファンが集まった。永眠する埼玉県・所沢市の狭山湖畔霊園の墓前は終日、追悼するファンが絶たなかった。急死直前に倒れているところを発見された東京・足立区内の民家で通称「尾崎ハウス」では、ファンが語り合う姿が見られた。同所は、今年を区切りに閉鎖も検討されたが、ファンの惜しむ声に応え、存続が決まった。若者のカリスマは今もなお、愛され続けている。

 衝撃的な死から12年。13回目の命日にあたる25日、尾崎ファンにとっての聖地「尾崎ハウス」の存続がファンに直接、伝えられた。「尾崎ハウス」とは、死の直前、尾崎さんが倒れているところを発見された東京・足立区千住河原町の小峰忠雄さん宅のこと。発見現場で急死を悲しみ泣いていたファンを、小峰さんが自宅に招き入れたことがきっかけとなり、以後、全国からファンが訪れ、自分たちの思いをつづったノートや絵、写真、詩集などが贈られ、小峰さんがそれらを保管する部屋まで確保したことから「尾崎ハウス」と呼ばれるようになった。

 実は、十三回忌を機に、同所は閉鎖する方向だった。木造2階建て、築年数は60年以上という古い建物で、息子家族と同居するため、改築しようとしたからだ。ところが熱心なファンから「できれば残してほしい」という声が届いたこともあって、小峰さんも「みんな本当に尾崎さんが大好き。こちらも感じるものがありました」と、当面はこのまま開放することを決心した。この日も午前8時から家の前にファンが集まりだした。1階に設けた部屋の壁には写真やポスターがびっしりと張られ、ノートは100冊以上が置かれていた。部屋で生前の思い出を熱く語り続ける若者たちの姿を見ながら小峰さんも「永遠に残すことはできないかも知れませんが、できる限りは協力してあげたい」。この日は延べ200人以上が同所を訪れた。

 またこの日、尾崎さんが亡くなった午後0時6分、永眠する狭山湖畔霊園の墓前で、ファン50人以上がそろって黙とうをささげた。ライトバンを止め、カーステレオから尾崎さんの曲を大音響で流し続けた。男子高校生グループの姿も見られた。墓は、たくさんの花に飾られ、好きだったバーボンも供えられた。ギターを抱えて、尾崎さんの曲を歌うファンもいた。東京・池袋西口広場でも、ファンによるストリートライブが行われた。26歳の若さで生涯を閉じた伝説のカリスマロック歌手の魂は、今もなお語り続けられている。

 今年が十三回忌にあたるため、宇多田ヒカルや槙原敬之らが参加した追悼トリビュートアルバム「BLUE」「GREEN」が発売され、22日にはトリビュートライブも開催された。また、尾崎さんのヒストリーを初めて映像化したDVDアニメも21日に発売された。特に追悼アルバムには尾崎さんの長男(15)が「HIRO

 OZAKI」として参加し話題を呼んだ。