陸上男子100メートルの桐生祥秀(20=東洋大)が、今日13日正午(日本時間14日午前0時)から始まる予選で初の五輪舞台に立つ。17歳で日本歴代2位の10秒01を記録した現役最速スプリンターだが「自分が速いと思ったことはない」。原点はライバルに大差をつけられた、中3の全国中学校体育大会での200メートル2位。いつも自分より速い、誰かの背中を追ってきた。日本人初の9秒台を目指す20歳がいよいよ出陣する。

 ライバルの背中が遠のいた。「無理かもしれない」。10年8月22日、鳥取・コカ・コーラウエストパーク陸上競技場。14歳の桐生は、男子200メートル決勝に臨んだ。コーナーを出ると左隣のレーンを走る同学年の日吉克実(現中大)にどんどん置いていかれて21秒61の2位。日吉のタイムは今も残る中学記録21秒18。目の前で破格のタイムを出されて「ちょっと追いつけないな、とあきらめかけた」。表彰台の14歳は、動揺を隠すように無表情だった。

 「日本歴代2位の10秒01」「現役最速スプリンター」「9秒台に最も近い男」など桐生は多くの枕ことばが付く。13年4月の17歳で10秒01を出してから3年。日本陸上界の悲願である9秒台への期待を一身に受けてきた。しかし本人の意識は少し異なる。

 桐生

 僕は自分が速いと感じたことはない。トップの時は常になかった。常に誰かが前にいた。

 滋賀県彦根市内で、4歳上の兄将希さんを持つ次男として生まれた。いつも兄の後ろをついて回った。足は速かったが「鬼ごっこは疲れると普通に捕まった」。小3からサッカーを始めた。「野人」岡野タイプの足が速いFW。小6の時に「シュートを止める感覚が楽しかった」とGKに転向した。彦根市選抜にも選ばれたが「お兄ちゃんがやっていて、楽しそうだな」と中学では陸上部に入った。

 サッカーでは快足でも陸上では違った。「中1の時はチームメートに負けた」。練習を積んで、全中に出ると日吉に完敗した。父康夫さんは「あの負けがよかった。あれがなければ、てんぐになっていたかも」。

 全国的強豪の京都・洛南高に進学。入学当初は基礎練習で先輩に大きな差をつけられた。高2の高校総体でチームは総合優勝。だが桐生は腰痛もあり100メートル、200メートル、400メートルリレーで勝てなかった。最終種目の1600メートルリレーで1位になると喜ぶ仲間の中で、泣きじゃくった。「それまで勝てなくて。悔しくて泣いた」。高3の夏に高校総体で個人タイトルをとったが、その時はすでに自己ベスト9秒85を持つロジャース(米国)ら海外勢とのレースを経験していた。

 桐生

 今もそうですが、いつも僕が1番だとは思わないんです。思った時点で満足してしまいますから。

 6月の日本選手権はスタート直後の足に違和感を覚えて3位。一夜明けて「負けてもまた起き上がればいい。そこで腐っていたら、本当にしょうもないヤツなので」と言った。いつも1番だったわけじゃない。悔しさこそが桐生の友達だった。中学の卒業文集には「悔しさ」という言葉が3度出てくる。相手のレベルが変わっても「競争に勝ちたい」という原点は同じだ。

 桐生は3年前に世界最速の男ボルトと対面している。「最後の五輪」を明言したボルトについて「引退する前に1度走ってみたい」と勝負を望んでいる。そして、ボルトは桐生について「ベストを尽くして頑張れよ。まあオレには勝てないかな」とエールを送る。

 20歳で迎える初の五輪。走り終わって味わう感情が20年東京五輪に向かう成長の糧になる。【益田一弘】

 ◆桐生祥秀(きりゅう・よしひで)1995年(平7)12月15日、滋賀県彦根市生まれ。中学で陸上を始め京都・洛南高3年の13年4月に日本歴代2位の10秒01を記録。14年6月に日本選手権初優勝、同7月の世界ジュニア選手権で同種目日本人初の銅メダル。今年6月には3年ぶりに10秒01をマーク。家族は両親と兄。175センチ、69キロ。